A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

カーナビ 筒井 隆一

 私たちの車は、調布から稲城に抜ける鶴川街道を、南に進んでいる。
 助手席の家内が、運転している私に指示を出した。
「この先が、地図で調べた若葉台への分岐みたい。専用レーンがある筈だから左に寄って下さい」
 家内を、幼いころから大変可愛がってくれた叔父が亡くなり、その葬儀に参列のため、二人で斎場に向かっている。
 いつもは運転する私に遠慮なく、助手席で居眠りをしている家内だが、今日はナビゲーター役だ。前日に、にわか勉強した道路地図を広げ、少々緊張した様子でガイドを続けている。目指すは、横浜市青葉区の緑山霊園だ。

 東京二十三区の西北のはずれ、大泉学園の我が家から、真南に三十数キロメートル。多摩丘陵にあるこの霊園は、東京都町田市、横浜市緑区・青葉区、川崎市麻生区・多摩区が入り組んだ高台の、かなりややこしい場所に位置している。鉄道利用も考えたが、JR、東急、小田急、京王などを乗り継いで、二時間以上かかりそうな、不便なところだ。しかも今まで行ったことのない不慣れな場所だ。コロナの感染が心配な公共交通機関は避け、家内をナビゲーターに仕立て、ナビの案内を頼りに車で出かけることにした。

 最近私は、運転に対する情熱が少々失せてきたのか、車も勝手知ったところに行く時にしか、利用しなくなった。
 ゴルフのホームコースへの往復、孫たちへ採れたての野菜のお届け、家内の園芸関係の買い物でホームセンターにお供、そして、両親の墓参りくらいにしか使わない。
 加えて、10年乗っている車の車検が年末12月に切れ、運転免許の更新も来年8月にある。そろそろ免許証を返納して車を手放す時期かな、と考えていた。

 今回もナビに緑山霊園を入れておき、それを目的地として運転すればよいのだが、ナビ本体が10年前の機器であり、車購入以来データも全く更新していない。そのため、新しく開通した道路は、私のナビの経路案内の対象にならないのだ。


 最近は車載用だけでなく、携帯可能な個人用ナビゲーションも現れているが、今更最新の機器に入れ替えて走り回る考えもない。

 葬儀は、とどこおりなく終った。親族にお悔みを申し述べ、家内と二人帰路についた。

 往きは、沿線の主たる目標、案内標識などを頼りに、充分ゆとりをもって、霊園に到着できた。家内の素人ガイドも、地図を見ながら早め早めに道案内してくれたおかげで、カーナビに劣らず正確にルートをたどることができた。
 帰路は、ナビの「自宅に戻る」にセットして、それに従ってみることにした。往きに地図を見ながら来た道が、はたしてナビの案内と一致しているか、確認するのも面白い。

 霊園を出て、来た道を北に向かって走る。新しく開発された大きな住宅団地が、あちこちに広がっているが、道は昔からの古い街道なのだろう。特に問題なく車は進む。ナビのガイドも、こちらの進路を手直しするような指示は無く、
多摩川にかかる「多摩川原橋」を渡るまでは、順調に来た。

 橋を渡り切って、国道二十号線を横断する地点から「武蔵境通り」に入る。ここ数年で大々的に整備され、ごく最近全線開通した幹線道路である。神奈川、山梨方面にゴルフに行くときには、調布ICから中央高速道を利用するが、我が家からICまで、この道路建設の進捗状況を確認しながら通ったものである。

 早速女性の声で、ナビのガイドが始まった。

「およそ200メートル先、左方向です」
 半年ほど前に通った時には、建設中の道路のど真ん中に、まだ立ち退かない民家があった。そこが解決したんだな、と思いながら、ガイドを無視して開通したての道を直進した。

「新しいルートに変更します」
 途端に元の道に戻るよう、ガイドで何回も指示がくる。私の10年前のナビでは、直進道路ではなく、行き止まりで、左折迂回するようになっていたのだ。
 そのような道案内を何回か繰り返したが、無事帰宅できた。
 今日一日、家内と車で走り、カーナビは夫婦のコミュニケーションを図るのに、きわめて有効な手段だと気が付いた。

 最近我家の主導権は、家内に移行しつつある。亭主を立てながら、大切なポイントは自分が押さえている感じだ。家内と二人の日常生活も、カーナビに似ている。
 この歳になれば、時間だけは十分ある。渋滞を避け、安全確実に目的地にたどり着くためには、どうすればよいか。
新しく開通した道を通るか、通い慣れた従来の道を行くか、決めるのはカーナビの家内、それについていくのは運転の私、というパターンが定着しつつある。

               
      イラスト:Googleイラスト・フリーより

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