A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

変化する蓼科の生活 石川 通敬

 30数年前、蓼科に小さい小屋を兄弟三人で建てた。

 それは相談の結果、まず、夫婦とその家族が利用できる程度の小規模なものし、利用状況を見て必要があれば増築をしようと考えたからだ。
 当初は、兄弟たちの子供も幼くちょうどよかった。


 しかしその後、友人を招くようになると、ゲストの部屋を用意する必要が出てきた。
 その時、われわれは増築ではなく、ゲスト用に同じ敷地内にある東急ハーベストクラブを利用することにした。
 そのお陰で、この家の利用価値も上がり、毎年親しい友人達を招くことのが、我が家の年中行事になった。


 その一例を紹介したい。それはアメリカの友人ライト君夫妻と、彼らの息子の友人ケイリ―君を招いたケースだ。彼らが我が家に着いたとき、
「どう。このコテッジは」
 と私が感想を聞くと、茶目っ気豊かな彼は、ニタッと笑い、
「オオ、ノー。イッツ キャビン(小屋)」
 と言ったのだ。

 小ささから我々の家は、コテッジの範疇かと思っていたが、まさか小屋とよばれるとは思っていなかった。カルチャーショックだった。
 冒頭に小さな小屋と書いたのは、こうしたやりとりがあった結果だ。


 その日の夕食は、しゃぶしゃぶにした。実は、この日のため赤坂の有名店で作り方を教えてもらい、肉は但馬牛を福知山から取り寄せて置いたのだ。
 食事を挟んで、ケイリー君の話を聞いて驚いた。なんと彼はアメリカ空軍の現役パイロットで、韓国に駐留しているとのこと。
 しかも、その日の朝、自分の戦闘機で基地を飛び立ち、横田基地経由、我が家の夕食に駆け付けたという身軽さだ。韓国―横田と横田―蓼科間の移動時間はほぼ同じだったらしい。

 翌日は諏訪大社と中仙道の旧宿場町にある博物館を案内した。そこは昔本陣の屋敷と立派な日本庭園だ。皆さんお喜びで見学してくれたのだ。


 その後、ある日うれしい知らせが来た。横田基地の見学会だ。毎年日本人を、招待する日があるそうだが、それに招かれたのだ。
 訪ねるとケイリー君が、大サービスをしてくれた。何より誇らしかったのは、彼の戦闘機を取り囲む見学者を押し分け、我々を直々に案内してくれたのだ。
 どんなスゴイ機体かと想像して近づくと、それは素人には薄っぺらなブリキ作りのように見える意外な外観だった。
 そんな戸惑いを覆され、大感激したのは、彼が、我々二人を、かわるがわる彼の狭い操縦席に座らせてくれたことだ。


 話をもどすと、着席スタイルのお持てなし以上に、フル活用したのが、ベランダでの飲み会とバーべキューだった。
 はじめは質素だったが、だんだんチャレンジ意欲が高揚した。まず当初小さかったベランダを拡張し、水回りも日曜大工で便利にした。その結果、最大20数人のホームパーティができるようになったのだ。


 規模の大きさでは、隔年ごとに三度実施したG女子大学生のゼミの合宿が最大だった。20数人の参加者に、妻がチキンライスとホットドックを用意し、一時間のランチタイムに合わせて提供したこともある。また、ある年には、ベランダにテントを張り、雨の中バーべキューをしたこともある。

 その他、小唄、テニスの合宿、元職場のOB会、ゴルフ会の場も提供した。

 このように、思い出を生き生きとよみがえらせてくれるが、アルバムだ。あるとき私は、パーティーに参加して下さった方々全員に、四季の風景が描かれている蓼科の絵ハガキに、一言コメントとサインすることをお願いした。
 これにその時々の写真を加えたものが今では3冊のアルバムになっているのだ。
 近年、こうした我々夫婦にとって、最大の楽しみの源泉だった蓼科の生活も、転機が偲びよってきたように感じる。
 第一は、加齢による体力の衰えだ。特にベランダでの、大きなパーティーには、室内以上に夫婦が力を合わせて、全力で準備、実行する必要がある。
 一方、無事やり終えたときの達成感は格別だ。パーティーが終わった後で、二人で、良かったこと、反省点を話し合うのを楽しみにしてきた。それをあるとき娘が、彼女の夫に次のように話していた、と聞き私は苦笑した。
「私の両親は変っているのよ。ホームパーティーの後で、大真面目に二人で反省会をするの。笑っちゃうでしょ」と。

 もう一つは、将来への懸念だ。私は気が付かなかったが、別荘に客を呼び、楽しむ我が家を見て、二人の弟は、次のように考えたようだ。
「俺たちは、別荘に家族と寝泊まりするだけで十分だ。客を呼ぶ気はない。それにも関わらず、家の基本的維持費を分担し、兄貴を支えるのは、割が悪い」
と。その結果、一人抜け、二人抜けし、今では我が家が単独で維持している。


 問題はこの先だ。我々が若かった時と違い、昨今の若者は車、ゴルフへ情熱を燃やさない。同じことが蓼科にも生じている。
 ほんの数年前までは、別荘への買い需要が強かったそうだが、近年は逆転売りが急増しているのだそうだ。
 その理由は単純だ。別荘に憧れたのは、今80歳前後の世代だが、50代のその子供の世代は関心がないのだそうだ。
 我が家の小屋も二人の子供達が、利用する気になるのか、気がもめるところだ。

   イラスト:Googleイラスト・フリーより

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