ひるのいこい 石川 通敬
私の好きな曲の一つが「ひるのいこい」である。
それは1952年から69年間も続く昼休み時に流れるラジオ番組のテーマ曲だ。現役時代から、ドライブを楽しむときによく聞いていた。番組では、全国各地の農林水産通信員(現在のふるさと通信員)からの四季折々の話題が伝えられる。
年金生活に入った今も昼時気が付くとよく聞いている。
それは、これが心に残る懐かしい原日本の風景と郷愁を刺激するからだ。
私の思い出は、小学五年生の遠足の情景だ。場所は大阪の郊外。季節は初夏。田んぼには、緑鮮やかに稲が元気よく育っている。
稲田の水は透明に澄み、ドジョウが泳いでいた。のどが渇いていた私は、思わずその田んぼに流れこむ湧水を飲んだことを、いつも鮮明に思いだす。
長年誰の曲かも知らずに聞いてきたが、あるときそれが、古関裕而の作曲であることを偶然知った。
うれしさのあまりNHKに電話し、CDかテープを入手できないか聞いたが、回答は素っ気なかった。
「これはラジオ番組のための伴奏曲です。曲だけ独立したものでないのでお売りできません」と言われたのだ。残念だったが、自宅で聞く夢をあきらめた。
ところが最近、新聞広告を見て目を疑がった。
「生誕100年記念 国民的作曲家 古関裕而全集」という広告が、目に飛び込んできたのだ。CD7枚全139曲が収録されている大全集だ。
私は先ず「ひるのいこい」を探した。「あった、あった!」のだ。第五巻の最後に、NHKラジオテーマ音楽と載っている。
直ぐ注文したかったが、躊躇した。たった一曲のため全集を丸ごと買うのは、道楽が過ぎるのではないかと思ったからだ。
そこで迷ったときよく使うパターンだが、妻に意見を聞いた。
「そんなお金の使い方をするから、あなたにはお金が残らないのよ」
といつも言われているからだ。ところが今回は、
「いいんじゃないの」
と意外にも、あっさり賛同の返事が返ってきた。
予想より早く通販の注文の品は届き、早速「ひるのいこい」を聞いてみた。それはドライブ中に聞く、雑音交じりの音とは全く違う、澄んだ美しいもので大いに満足した。
もう一つうれしかったのが、彼女がすんなり私の問いかけに応諾したわけが直ぐ分かったことだ。
実は昨年来妻はテレビドラマを見て、「古関裕而」ファンになっていた。そこで甲子園の高校野球の応援歌をはじめ、「長崎の鐘」など彼女のお気に入りの曲を多数彼が作曲していたのを再確認していたからだろう。
その上意外にも妻はこの曲にまつわる思い出話をしたのだ。
「テレビドラマを見るまで、古関裕而の曲と知らなかったものが多かったけど、『ひるのいこい』もその一つよ。小学生のとき、土曜日のお昼に学校から帰ると、ラジオで「ひるのいこい」が始まっていたのが懐かしいわ。
『今、お昼のお弁当を、田んぼのあぜ道で、ご家族で召し上がっていらっしゃる皆さん』と語りかけるアナウンサーの声が、東京しか知らない私には、羨ましい程、暖かさを感じる言葉だったの」というコメントに私は驚いた。
感激の連続の中、私は次々と彼の曲を聞きながら、いろいろ考えた。その一つが、「国民的作曲家」という彼への総括だ。
そういう目で目次を見ると、彼の作品は、昭和時代の日本人がたどった苦楽の歴史を写している。全集の第一巻は西洋への憧れと日本古来の庶民の心情を反映して生まれた大正ロマンの唄だ。
それがいつの間にか、軍事大国へ突き進み、国民を鼓舞する軍歌にシフトしている。もし私がその時代に生きていれば、きっと大感激したと思うのが「若い血潮の『予科練』」をはじめとする数々の軍歌だ。
それが敗戦と同時に劇的に、平和志向の明るい希望の唄に代わるのだ。古関は戦争に加担した自分に嫌悪感を後にもっていたそうだが、戦後はそれを償いたいと思ったのか、国民を慰め、元気づける数々の名曲を創出している。
「長崎の鐘」もそうだが、私には「とんがり帽子」が耳に残っている。彼は一生日本人の苦楽に寄り添い、共に生き、喜び、悲しみ、慰め合う唄を作ってきた人だった。彼の曲は、日本人の昭和史そのものだと私は思った。
もう一つ意外な発見は、全集の中にあった「ひるのいこい」に対する寸評だ。
「古関メロディーのDNAが、『国民的ヒット、北国の春、寅さんのテーマ』に色濃く流れている」と書いてあったのだ。
日本生れの芸術で、世界に受け入れられたものは数多くある。古くは浮世絵、近年では黒沢の映画、最近では「鬼滅の刃」のアニメなど枚挙にいとまがない。
音楽部門では、「上を向いて歩こう」が広く知られているが、「北国の春」は中国のカラオケ店で人気があるそうだ。ドラマでは「おしん」、アニメでは「ドラえもん」がタイで共感を得ていたようだ。
将来「ひるのいこい」のDNAをもつ交響曲を作る作曲家が現われれば、その曲が醸し出す日本の田園風景に、アジアの稲作文化圏の人々が、共感を抱いてくれるに違いないと想像した次第だ。
イラスト:Googleイラスト・フリーより