A038-元気100教室 エッセイ・オピニオン

寒さ対策 吉田 年男

 新潟県北蒲原郡中条町(現在の胎内市)に家族と一緒に生活を始めたときのことだ。十一月末には、雪下ろしの雷が鳴り、雪が降りだす。そして、翌年の四月末までは、太陽にお目にかかれない。
 ベランダまわりには、しっかりと雪囲いをして、洗濯物などはその中に干す。出入り口の雪かきは毎日欠かせない。
 本当の寒さを知らなかった東京生まれのわたしには、仕事の関係とはいえ、寒さの中での生活は、話には聞いていたがそれ以上に厳しく感じた。


 しかし、この経験は、半世紀以上も前のこと。今は懐かしくて、よい思い出に代わっている。(つらかったことは忘れる)は、実感としてわかるような気がする。
 東京の生活では、雪国のように寒さに対して身構えをえてしてまで、これといった対策はしてはいないと思う。

 私の場合、強いて言えば、鉢植えの植物を家の中に取り込むことくらいか。
 それはウッドデッキにおいてある、生前父が可愛がっていた三鉢のクンシランとサボテン一鉢を防寒のために家の中に入れることだ。


 クンシランとサボテンは、毎年五月ごろに花がさき、特にクンシラは、オレンジ色の壮大な気品がある花を見せてくれる。
 そして、花が終わるのを待って、クンシランとサボテンの古い土を廃棄して、腐葉土、赤玉などを混ぜ合わせた新しい土と入れ替えをする。

 その後、寒さに弱い彼らのために、四つの鉢をきれいに拭いて家になかに取り込む。
  取り込む作業は、毎年11月の初めに、「よしやるぞ」と気合を入れて取り掛かかることにしている。気合を入れなくてならない理由は、土の入った鉢は意外と重い。ウットデッキから部屋までの距離が5~6メートルはある。
 そして、途中に物置やら自転車などが置いてあり、通路が狭いために自転車を別な場所に一時的に移動し、四つ鉢の運搬にはことのほか時間がかかる。

 これらを無事にやり終えるには、安易な気持ちではできない。

 さらに、部屋の中にとりこむ準備もある。鉢を床にじかに置くわけにはいかない。そのため鉢をおくスペースを確保したうえで、あらかじめダンボールを折りたたんで置き、その上にビニールシートを敷いて準備をしておかなくてはならない。

 全部をやり終えるには、3~4時間はかかる。端で見ているより80歳を過ぎた私にはキツイ作業だ。
 毎年どうしてそこまでして4つの鉢を家の中に取り込むことに拘るのか。
 時々わからなくなる。

 寒さに弱い植物を守ってあげたい気持ちがそうさせるのか? 毎年、鉢内の土を新しいものに取り換えることで、裏切らずにきれいな花をみせてくれることが、ことのほかうれしいのか? 両方考えられる。

 いや、自分が父の亡くなった歳をこえた今、こころの隅に親父との思い出をひとつでも多くとどめておきたい。
 これが本音かもしれない。

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