元気100教室 エッセイ・オピニオン

コロナ禍にあって 井上 清彦

 朝食を済ませていつものようにパソコンの前に座ると、南側のガラス窓を通して、暖かな日差しがまぶしいくらいに降り注いでくる。ときは春だ。浮き立つような気持ちになる季節なのに、気持ちがついてこない。

 中国・武漢から始まった、新型コロナウィルスが、世界中に蔓延して、世界保健機関が、ついに「パンデミック」を宣言するに至った。

 今朝、テレビが、ニューヨークダウが3千ドル近くの暴落を記録したと告げている。人の移動が制限され、実態経済にも大きな影響を及ぼし始めた。


 私自身も、楽しみにしていた芝居やピアノコンサートはもとより、所属クラブの俳句、スケッチなどの活動も、軒並み中止に追い込まれた。私が幹事を務める4月初めの高校クラス会も延期とした。出席予定だった熊本在住の山男は、早割航空券が無駄になったとぼやいていた。

 我が家では、妻が、一日中テレビの新型コロナウィルス番組を追いかけ「怖い、怖い」を連発している。厳しい検疫官である妻の承認を得ないと、外出もままならない。
 月2回の仕事、入院中のひとり暮らしの弟対応と通院以外は原則外出禁止だ。「あなたは危機意識が足りない」と妻に言われ、このところほとんど家での「巣ごもり生活」を余儀なくされている。


 東京にみぞれ混じりの雪が降り、桜の開花が宣言された翌日の朝は、打って変わって風もなく良い天気だった。毎年、桜見物サイクリングを楽しむ「善福寺川」を散歩の目的地に決め、一人で自宅から歩き始めた。 


 荻窪駅南口に出て、「荻外荘の道」をたどって善福寺川に着いた。ここから川沿いの道を歩く。自転車でやっと通れる道幅だが、歩きだと気にならない。
 マラソンで行き交う人たちに道を譲りながら歩を進める。大勢の小さい子どもたちが、大声を出しながら遊んでいる姿が目立った。

 犬を連れた人たちも多い。ソメイヨシノのツボミがところどころほころんでいる。「陽光」という名前の桜は満開だった。白モクレンも彩りを添えている。昼食後に出かけ、目的地の「尾崎橋」に着いて、付近の椅子に座って缶コーヒーを飲んで休憩する。

 まだ満開には早いので、桜の木々も目立たない。夕食の時間までに戻るため、早々に帰路につく。花々や、コサギの姿をカメラに収めながら、もと来た道を足早に戻る。帰宅して万歩計を見ると1万6000步を記録していた。
 妻は午後一人でのびのび出来たせいか、機嫌が良い。


 3日後は、二人でお彼岸のお墓参りだ。東西線「早稲田駅」から徒歩で、牛込弁天町の「草間彌生美術館」前にあるお寺に着く。受付で住職の奥様は「コロナの影響らしくて、いつもよりお参りの人は少ないです」と言う。墓前でコロナの早期の収束と家族の安寧を願って頭を垂れる。

 帰路、環状八号線・四面道近くのお気に入りの小さなフレンチレストランで昼食だ。店内の客は我々だけで、静かな音楽が流れている。食事前にトイレふで、手を入念に洗い、持参したアルコールを含ませたティシュでナイフとフォークをシェフに見えないように拭う。

 食べ終わるまで1時間ほどだったが、だれも客は入ってこない。メニューは、前菜とハンガリー産の鴨肉、新鮮果物のタルトのデザートとコーヒーだ。約1ヶ月ぶりの外食に舌鼓をうった。

 30歳代後半の、一人で切り盛りするシェフに、「コロナで大変ですね」と声をかけると、「昼は、高齢者客が敬遠してさっぱりだけど、夜は、そこそこ入っているので、何とかなっている」との返事に、ちょっと安心した。コロナ禍のなか、若者を応援したい気持ちもあって、ここを訪れた。


 私が編集長を務める所属クラブの季刊誌春号は、編集グループ全員が集まる最終読みあわせを3月1日に予定していたが、急遽、テレワークに切り替えた。メールのやり取りでまとめ、3月3日零時過ぎに、ネット入稿して一息ついた。

 地域の会では、ホームページ委員会に属している。3月末の委員会は、開催できないので、テレワークで対応するとの連絡が委員長からあった。最近メンバーに加わった大学の名誉教授の木村さんから、「『スカイプ』を使ったらどうか」との提案があったが、時期尚早と見送りになった。

 私は、『スカイプ』に興味があったので、木村さんに連絡を取り、懇切丁寧な指導を受け、なんとか使えるようになった。
 パソコン画面で、相手のしゃべっている声が聞こえ、姿が見れる。お互いのデスクトップの画面も見られる。彼の属している学会では、これを駆使して、最近八人の会議を開いたという。
『スカイプ』がつながったとき、私は嬉しくて、世界が広がった感覚があり気持ちの高ぶりを感じた。


 大学同期や、地元の「おとこのおしゃべり会」仲間などと、メールで「新型コロナ」や「巣ごもり生活」を話題に連絡をとりあっている。時には、声を聞きたくて、通話料金を気にしながら長電話をする機会も増えてきた。

「巣ごもり生活」を余儀なくされる環境にあって、本を読んだり、絵を描いたり音楽を聴いたり、断舎離を実行したりして、楽しんで行きたい。飽きたら、散歩とか、お気に入りのレストランの食事で気晴らしもいい。

 収束までしばらくかかりそうな「コロナ禍」にあって「巣ごもり生活」を味わって行きたい。
 

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