元気100教室 エッセイ・オピニオン

おふざけだが真面目  廣川 登志男

 4歳になる孫娘が、咄嗟に言った言葉に感心してしまった。バナナを食べさせていた時のことだ。

 孫娘が、皮の最後の所に残った短い長さの部分を食べようとしたときに、握っていた左手に力を入れすぎたせいか、スポッと抜けて床に落ちてしまった。
「バナナって美味しいけどすっごく滑るのよ! おじいちゃん」
 バナナの皮が滑るというのは、少し大人になればみな知っているが、四歳の孫娘が当たり前のように言った。過去に、皮を踏みつけて痛い目に遭ったのかどうかわからないが、小さい子供が滑ったことを心に残している。子供の観察力・記憶力は大したものだ。

 そういえば、「バナナの皮はなぜ滑る」を研究した人がいたのを思い出した。
 4年ほど前のことで、新聞で紹介されていた。

 北里大学の馬淵教授たちの研究だ。教授はその成果を論文にまとめ上げて発表していた。それをイグノーベル賞選考委員たちが見つけ出して、2019年の物理学賞を授与することになった。

 教授は関節潤滑の研究者で、関節が痛くなく曲げ伸ばしできるのには、滑りが重要だと言っている。ある著書の中で、
「関節潤滑の良さは、バナナの皮を踏んだ際の滑りの良さを連想させる」
 と記している。
 しかし、なぜバナナの皮は滑るのだろう。教授はふと疑問に思った。バナナの皮の滑り良さは当たり前のことと思っているが、その証拠のデータはあるのだろうか。
 教授はかなり調べたが、データは見つからなかった。ここで持ち前の探求心が頭を持ち上げ、「それなら自分が調べてやろう」と、調べるに至った経緯を述懐している。

 教授たちは、顕微鏡などでの調査で、バナナの皮に存在する「小胞ゲル」が靴で踏まれることで破れ、中の粘液を放出して潤滑の役目を果たすという事実を突き止めた。これを論文に仕上げたことで、イグノーベル賞受賞となったのだった。

 この賞は、毎年5千件ほどの受賞候補者から、10の個人あるいは団体に与えられる。賞の基準は、「まず人を笑わせ、そして考えさせる研究成果」となっている。
 1991年に、ノーベル賞のパロディとして創設されたもので、人間に直接役立つ内容ではないが、「少しおふざけが入っているものの、極めて真面目な研究」を対象にしている。

 ノーベル賞とは正反対な面があるが、興味深いテーマが盛りだくさんで人気がある。昨年まで十二年間連続で受賞している日本の受賞テーマを少し紹介する。

・足の匂いの原因となる化学物質の特定(92年・医学賞・神田不二宏他5名)

・夫のパンツに吹きかけることで浮気を発見する「Sスプレー」の開発(99年・科学賞・牧野武(セーフティ探偵社))

・台所の生ゴミ90%が削減可能な、パンダの排泄物中のバクテリア(09年・生物学賞・田口文章:北里大学名誉教授)

 なかなか面白いテーマだ。ひょっとすると人間に役立つものもありそうだ。
 2番目のテーマなぞは特に面白い。加えて、開発者の会社名が何とも言えない。探偵社なのだ。いつの日にかアングラ商品として売り出され、買って使う人が出てくるかもしれない。

 これまでの国別受賞者数(‘91年~‘14年)は、1位が断トツのアメリカ、2、3位に英国と日本が拮抗していて、四位を引き離している。
 英国と日本についてのイグノーベル賞創設者談を引用すると、「両国とも、研究者に変人が多いが、社会に許容されている」ことが、受賞者が多い一番の理由だと断じている。

 私は変人ではない(と思っている)が、入社して研究部門に配属された。最初に指導されたことは、
「何でも疑問に思え。ナゼ・ナゼ・ナゼである」
「グラフで、相関を示す帯から外れた異常点には重要なことが隠れている」
この『二つの教え』を肝に銘じて仕事をしていた。
 5年の研究生活の後、研究成果を現場で実機化する技術者となった。

 異動先は、同じ君津製鉄所のUO鋼管工場だった。当時は、薄板工場と肩を並べる高収益工場で、石油・ガスを運ぶパイプライン用の大径鋼管の製造を担っていた。色々な操業トラブルに見舞われたが、前述した教えを守って何とか切り抜けてきた。

 5年前にエッセイ教室に入った。穂高先生からは、「目を皿のようにして社会や自然を観察することが大事だ。そして、少しでも何か異常を感じたら、そこにエッセイのネタが隠されている」。研究と同じことを仰る。

 まだ70歳前だ。まだまだ時間はある。イグノーベル賞を狙って、とは言わないが、子供が持つ感性を失わずに、そして、『二つの教え』を守って「少しおふざけで、だけど真面目」なエッセイを書きたいと思う。

イラスト:Googleイラスト・フリーより

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