元気100教室 エッセイ・オピニオン

出前授業 = 石川 通敬

 トランプ大統領の出現は、戦後70年間世界をリードしてきた価値観を根底から揺さぶっているように見える。

 私の関心事は、これがこれまで喧伝されてきたグローバル化時代の潮流を変えることになるのかという点だ。こんなことを、心配するのはここ5年ほどかかわっている小、中、高等学校生への「出前出張授業」というボランティア活動のスタンスに関係するからだ。


 この活動に参加することを決めた遠因は、退職後二つの女子大で10年間教えたことにある。10数年前「グローバル化」という言葉が一世を風靡した。
 私も乗り遅れてはいけないと思った。授業を通しこれを教え、グローバル社会で生き抜くすべを教えるのが使命だと考えたからだ。

 更に授業だけでは不十分と思い、大学生のために、「グローバル社会を生き抜く」というタイトルで本を書き、アマゾンから売り出した。
 しかし売れ行きは良くなく、改訂版も出し3年ほど頑張ったが、期待した結果は出なかった。
 そうした時、『DF』という社会人OBが集まる団体の中に、出前出張授業チームが結成されたことを知った。私は本で訴えたかったことが直接若者に伝えられるよい機会だと思い早速参加した。

 出前出張授業という言葉は、一般的には聞きなれない。わかりやすく言うと「社会人が講師として学校に出向き、仕事で得た知恵やノウハウを生かし授業を行うこと」だ。
 なぜ、我々が助っ人として期待されるのかというと、今教育界が抱えている課題解決に役立つと思われているからだ。

 目的は、二つある。
 一つは生徒たちの進路指導の応援である。もう一つが日本人に共通する「発信力がない」といわれる問題点の克服策支援である。
 日本では伝統的に「出る杭は打たれる」「沈黙は金」」等という価値観が尊重され、我々の行動、発言をマインドコントロールしてきた。

 最近日産のカルロス・ゴーン社長が、日経の私の履歴書で次のようなことを書いている。「日産とルノーのアライアンス・ボード・ミーティングを初めて開いた時、会議でずっとしゃべっていたのはフランス一人だった。
 他の日本人は静かに聞いていた。だから私はフランス人には「仲間の意見も聞こう」と言い、日本人には「もっと意見を言って」と促したものだった」と。

 DFのチームに参加してよかったと思うのは、授業後に生徒が書いてくれる講師あての感想文から生徒の反応が直にわかることだ。感想文に「海外で仕事をしてみたくなった」とか「スイスの話は面白かった」などと書いてあると、授業を準備してきた苦労も報われたとうれしくなる。

 出前出張授業の様子を、ある記事が次のように紹介している。「普段の授業と違うから楽しいというのではない。参加している子どもたちの目の輝き。先生がたが一生懸命にフォローする姿勢。それらがうまく解けあったとき、大きな成果が生まれる」と。

 まさにその通りなのだ。これを、ワークショップ型授業で実施すると効果は倍増する。これも聞きなれない言葉だ。

 簡単に言うと、先生が一方的に話す講義型ではなく、先生と生徒が対話する形で進める授業なのだ。ハーバード大学のサンデル先生がテレビでやっているような授業もその一つだ。私の場合は、自分が経験した「インドネシアに銅線工場を建設する」というテーマを使い総当たりで対話させるのだ。

 具体的に言うと、クラスの生徒を「社長」「販売部長」「総務部長」「製造部長」にグループ分けする。生徒は、それぞれ自分の役割が何か検討し、その結果を、グループ内で討議。最後にクラスメンバーに発表するという授業形式である。


 その効果は確かだ。例えば、ある女子高校で年間7回のワークショップを実施した結果だ。四月にはほとんど何も話せなかった生徒達が、一年後の3月には大きな声で意見を述べられるところまで成長した。また、男子校の例では 授業終了後生徒たちが「今日は楽しかった」「学校はこのような形式の授業をもっと提供すべきだ」と喜び、興奮したのだ。

 こうした活動の中で、私には驚きの発見があった。ある公立中学の校長先生から、自治体の教師は一生同じ自治体内を転勤するだけ、と聞かされた時の衝撃は強烈だった。彼らには海外転勤はなく、国内の転勤すらない。公立校の先生達は異動を禁じられた江戸時代の農民と同じ状況に置かれているという事実だ。

 全国で公立の中学、高校の先生の人数は40万弱と聞く。ほとんどの教師は海外生活体験がないはずである。そうした実体験のない先生方が、グローバル社会への対応を指導できるのだろうかと、素朴な疑問を抱いたのである。

 最後に話をトランプ大統領に戻そう。仲間とも議論したが、我々の授業へのスタンスは変える必要がないというのが、私の結論だ。それは国際社会において、
「自分の意見が言えない」
 という日本人の弱点の克服は、大統領に関係なく世界中の人々を相手に生きて行かなくてはならない日本人にとって重要課題だからだ。

 因みに我々のメンバーは30人弱、訪問する学校数は高校を中心に小、中学校25校。参加生徒数は、年間延1万人。規模では二階から目薬の状況だ。それでも、一人でも多くの若者がグローバル社会を力強く生きてゆけるようになることを期待して皆頑張っている。

 イラスト:Googleイラスト・フリーより

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