A025-カメラマン

晩秋の富士山麓で、想うままに撮って、わが心を重ねる ①

 富士山麓に行ってみよう、宿は山中湖村の「スターダスト」ときめた。日本人にとって、富士山は最も人気があるけれど、それだけに月並みな山でもある。
 文学、芸術の世界で、美しい対象ほど表現するのは実にむずかしいものだ。
 
 写真の腕前えが優れているとうぬぼれる者でも、月めくりカレンダー「富士山と桜と湖」の写真と比べれば、見劣りがする。
 かりに絵画の心得があったとしても、江戸時代の浮世絵師たちの独特の絵画技法には、逆立ちしてもかなわない。小説の筆力がある書き手でも、太宰治の名作「富嶽百景」にはおよばないだろう。

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 晩秋に3、4日くらい富士山麓で過ごしたところで、先人をまえにして、わたしは挫折感を味わうだけである。
 それがわかっていても、11月半ばの富士山は、四季を通して、白雪をかぶった形と姿が最も好いし、山容に魅せられてしまう。考えたあげくの果てに、やはり日本人の心の象徴・富士山だと、足をむけた。

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 富士五湖の湖畔で恋をする。ふたりはすねて、甘えて、心のなかで最愛の人だと信じ、澄んだ目で語り合う。やがて、恋の決意をかためていく。
 そんな燃える男女の情愛をえがく小説を理想としている。

 この景色なかに、恋が燃焼している男女はいないかな。そんな被写体をごく自然にもとめている自分を知る。作家の職業病なのかな。

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 山中湖の湖畔で、記念写真を撮るほほえましい親子をみつけた。三脚のそばで、少年が両親を撮る姿が妙に恰好よかった。かたや、少年に笑顔をむける両親の表情もこころよい。
「カメラマンのボクの写真を撮らせてください」
 両親が快諾してくれた。

 少年の写真を掲載すべきか。親子の姿か。ずいぶん迷ったけれど、男女が恋をして、家庭をもち、子どもが生まれ、家庭をきずいていく。
 このプロセスのほうが、私の作風にあっているかな。

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 家庭を築いて、子育てが終わり、老夫婦で旅に出る。そこにはともに人生を歩んできた年輪と、苦節を越えられた自信とが、いたわり歩く姿に凝縮されて醸(かも)し出されている。
「若いころは、よく夫婦喧嘩をしたわね」
「いまもね」
 そんな思い出ばなしも、ほどほどに楽しみ、語り合っているのだろう。
 
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 生きている今が最も大切だ。あすは何が起こるかわからない。よきドラマならばよいが......。
 この湖畔の村は、伊勢湾台風の大雨で、裏山から巨大な山津波が発生し、集落ごと湖水に流されてしまった。全村の生活が阿鼻叫喚(あびきょうかん)のなかで、すべて消えた。
 
 この伊勢湾台風は、昭和34(1959)年9月の潮岬に上陸し、紀伊半島から東海地方を中心に、ほぼ全国に甚大な被害をもたらした。明治時代以降の台風災害で史上最悪の惨事となった

 愛知県・三重県の被害がとくに甚大であった。となり合う、ここ山梨県の富士山麓も例外ではなかったのだ。
 
 村中の幼子、少年・少女、若夫婦、働き盛りの農夫、余生を送る老人らが瞬時に、土石流にのまれていく。号泣しながら、救いを求める、むごたらしい悲惨な光景になったのだ。

 わたしが初受賞した文学賞は『千年杉』で、山津波が素材だった。それだけに、いま観光で復元された村にきて、災害当時の惨状をきくほどに胸が痛む。
 
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 富士山は活火山だ。もし噴火したら、どんな姿になるのだろうか。雲を噴煙に見立ててみた。

 宝永噴火は1707年だった。いまからさかのぼること300年前。幕末は150年まえの曽祖父の時代だ。そこから、たった2倍前にすぎない。地球年齢でみれば、まさに、きのう今日とおなじ。

 東京は関東ローム層(富士火山灰)の上に建つ大都市だ。
「富士山は300年周期です」
 そう教えてくれた。
 富士山噴火は射程なのだな。

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 火山噴火は真っ赤な溶岩がながれ出てくる。数千度の高温岩石に襲われる恐怖はどんなものだろう。
 わたしの作品には、山岳にからむ小説がことのほか多い。ただ、火山噴火はいちども素材として描いていない。
『善人が助かって、悪人が死ぬ』
 そんな善悪の法則など一切ない。運命か、宿命か。そこに凝縮されてしまう。そう考えると、自然災害は人間の努力と連動してこない。
 わたしには想像できない世界観(宗教観に近い)ゆえに、とても書けない分野だ。
 
 富士山爆発を予言した雑文で、金儲けする著述業者の心理はわからない。無責任な恐怖で人を惑わす、かれらが最も悪人かも知れない。
 
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 人間は強烈な記憶でも、歳月とともに忘却していく。

 わたしは日記をつけたことがない。不精な性格というわけでもないけれど、取材ノートや手帳でも、読み返すことなど、ほどんどない。約束事などは記憶で行動するし、執筆は脳裏にとどまっている範囲内で文章化してしまう。要するに、忘れたことは書かないだけだ。

 だから後日、見もしない日記など書いても意味がないと思っている。ただ、晩秋の単純な風景など、今冬になれば、まちがいなく忘れてしまう。

 最近のデジタル写真は撮影の時分、露出条件、場所すらもGPSで、こちらが依頼しなくとも詳細に記録されている。メモ代わりに、シャッターを押しておくか。

               『つづく』  
 
【関連情報】

カントリーホテル「スターダスト」

〒401-0502 山梨県南都留郡山中湖村平野2977

電話番号0555-62-2200

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