ちょっと故郷自慢してみるかな:きっと日本一の美観じゃないかな
眼下の集落が、大崎上島・木江(きのえ)港です。
かつては、瀬戸内海随一の遊郭街でした。
私の家の周辺は、通称「女郎屋」がいっぱいありました。
三味線、太鼓、おちょろ舟の櫓の音がひびく町でした。
神峰山(かんのみね)は、きっと日本随一の名まえでしょう。
なにしろ、神の峰ですからね。有名な平家伝説がいくつかあります。
瀬戸内で離島として、(離島振興法)で、いちばん大きな島になりました。
広島県山の日のイベントが、6月4日に開催されました。
カクテルを作って(有料)いるのは、神主さんです。
絶景で、カクテルなんて、おしゃれでしょう。
都会からの若い移住者がきっと日本一?多く、こんなカクテルのアイデアが出てきます。若さって、実行力ですね。
60歳過ぎて、島に来られると、住民税以上に、社会保障費の負担が島にかかるみたい。念のために……。
そういえば、高校生の修学旅行は年間に数千人らしい。民宿して、この神峰山に登ったり、釣りもしているらしい。
南米で長期に音楽関係のしごとをしていたご夫婦です。
大崎上島に移住されています。「山の日」のイベントを盛り上げていました。
島は魅力あるのか、若い女性、いや男性も、神峰山ウォークをたのしんでいます。
そして、南米の踊りのレクチャーを受けていました。
私の母校です。
かつては大崎高校です。いまは大崎海星高校となっています。
思い出たっぷりの学校です。
後輩って、いいものだな。文化祭の記念撮影ちゅうです。
そういえば、ぼくらクラスメートは、文化祭、体育祭では、教師から、よく怒られていたな。
「学校創立以来の悪だ」
といって、怒っていた体育教師がいたけっな。
「ウソつけ。先生は赴任して、まだ2年じゃないか。創立なんて、知らねえだろう」
と影口を叩いていたものだ。
いまは穂高健一で活動していますが、ペンネームなので、島ではまったく知名度はありません。
それで良いんじゃないかな。
幼い子が桜の苗木を植えていました。
桜が育ったころ、いい大人になっているだろうな。
そして、島に観にくるかな。
食べ物は抱負です。海の幸、レモン、ストロベリー、あとはわからない。そんな自慢は瀬戸内海のどこにいって口から出てくるので、止めておきます。
眼下が、私が山越えして通っていた大崎高校・普通科があった中野地区です。
島には日本一は幾つかあります。そのひとつが、この神峰山から360度の光景で、なんと115の島がみえます。多島美として、断トツです。
実際に数えて、リストを作った、元船員の方がいる。そういえば、この島には国立広島商船高専があります。
僕たちが10代の頃、超難関校だった。
さらに戦前では、江田島の海軍兵学校か、大崎上島の広島商船学校か、と海の男に憧れたひとは、日本じゅうにいたみたい。
だれが決めたのか、数年前に、「きのえ温泉は日本一だ」とTVで報じたものだから、帰郷するにも、予約でいっぱい。ああ、日帰りか。
あれこれ日本一を作ってほしくないな。ぜいたくな、悩みです。