A025-カメラマン

女形と男役がおりなす喜劇『身替主人』(上)=浮気は不倫に非ず

  復興支援チャリティー公演  S-NTK第2回公演

東京・大井町きゅりあん 2015年2月7日


※ 物語は写真イメージから創作したストーリーであり、歌舞伎の底本、主催の脚本とは無関係です



 大黒屋の大旦那の清兵衛(五月梨世)は羽ぶりがよいが、その実、婿養子の身だった。

 「女房にはとくか頭が上がらないな。隙あらば、ちょっと良い女に……」

 清兵衛は下心たっぷりである。

 「こんな好い男は、所帯を持っていようとも、女が放っておかないさ」

 男は自尊心が強くなければ、世のなかは渡っていけない。そう信じて疑わない。

 「やっぱ。恋文がきたぜ。こういう予感は良く当たるな」

 


 江戸時代にはなんども奢侈(しゃし)禁止令が出ていた。幕府の改革は赤字解消の策で、武士も町人も、つねに節約第一だった。

 派手な服装の外出は禁止である。財力のある大店の奥方は、家屋内で、華美な服装を身につけて愉しんだ。

 むろん、大黒屋のお絹(帆之亟)は例外ではなかった。高価な絹の絢爛豪華な着物に、鼈甲(べっこう)の髪飾りだ。

 この手の奥方は、自分が最高に美しいと、信じて疑わない。嫉妬(しつと)心は、とてつもなく強い。


 


 「さては、どんな手を使うかな」

 幼馴染の小春が、大坂の小唄の師匠をしている。このたび江戸・浅草に戻ってくる、と恋文が届いたのだ。

「この機会は逃せられない。小春も手紙で、逢いたがっているし」

 清兵衛は思慮(しりょ)したあげくに、仮病をつかい、女房のお絹を煙にまいて、こっそり外出することに決めた。

「実はな」

「どうしたの。急に元気がなくなったみたい」

「そうだろう。いましがた医者に行って診てもらったらな。ケロリに罹(かか)っていると言われた。1か月は養生しないとだめらしい」

「コロリですって。恐ろしい。そんな恐ろしい病気に、大切なあなたがかるだなんて」

「ちがう。ケロリといってな。難病だ。とくに女に伝染すると、大ごとになるらしい。6尺以内に近づいたら、危ない」

「わたしっ、どうしたらいいの?」

「愛するお前にはすまないが、わたしは家を離れて、1か月ほどどこか遠く療養に出かけてくる」



「1か月だなんて、わたし耐えられない。哀しい。死んでしまいたい」

「お前が死んだら、どうなるんだ、この大黒屋は。1週間、1週間で戻ってくるようにする」

 清兵衛は何としてでも、このお絹の眼をかいくぐりたかった。

 一方で、浮気がばれると怖い。こんな嫉妬の強い女に、浮気がばれた暁には、離婚騒ぎになる。それも勘弁ねがいたい。

「わたし介護で、あなたについていく」

「そんな派手な着物で外出は禁止だ。美しい姿で、お絹は家のなかにいるべきだ。そうしろ。3日で帰ってくる」

「やだ、やだ。嫌だ」

「我まま言うな。難病がうつるとどうするのだ。ひと晩、ひと晩だけで良い」

「いいわ。ひと晩、あなたから離れて寝てあげる。でも、この家から出ないでね」

「えっ」

「別室で、床を取ってね」

 こんな女のところに婿養子にきたのが、運のつきだ。わが身がつらいな。

 小春に逢いたいな。

 

 あの美貌の小春(野上奈々子)に逢えるなら、今夜ひと晩でもいい。がまんしよう。

 いますぐに飛んでいきたい。羽が欲しいな。


 清兵衛の脳裡には、ある妙案が浮かんだ。

「生きているうちに、頭は使わないとな」


「平助。頼みがある」

 清兵衛は番頭を奇策のなかに誘い込みはじめた。

「ご主人のためならば、火のなか、水のなか、どんな事でも致します」

「ありがとうよ。番頭あっての大黒屋だ」

「ところで、どんな事ですか」

「実は、ひと晩、わたしの身代わりで寝床に入っておくれ。言っておくが、ぜったいにお絹に身替りだと、ばれたらいけないよ」

「駄目です。それだけはダメです。お断りします」

「火のなか水のなか、そう言ったじゃないか。あれは嘘かい」

「身替りがばれたら、恐ろしい奥様にどんな仕返しされるか。想像するだけで、身震いします」

「そんなに怖いのか。男は度胸だよ。1両だそう」

「そんなはした金では駄目です。もう一声」

「慾が強いな」


「金目当てにしろ。嫌なことを引き受けたな。奥様に見つかったら、どうする?」

 平助(若杉民)は、蒲団をかぶってみたが、恐怖はつのるだけだった。

「断っておけばよかったな。奥さまにばれて、くびになったら、2両なんて、メチャメチャに安い。だんなに乗せられてしまったな」


 店の小僧が夕餉を運んできた。

 奥さまの手料理で、病人食の特別な調理だという。

「冗談じゃない。奥さまの料理なんて、食べられたものじゃない」

 箸をつけておかないと、奥さまが来て、食べなさい、食べなさい、としつように勧めるだろう。

「うえ。まずい。こんな不味いものをどうやって作れたんだ」

 平助は一口ごとに吐き気をもよおした。

 胸がむかつくどころか、胃臓ごと飛び出してきそうだ。

「おい。番頭さんはどこに行った?」

「飛んで行ったよ」

「人間に羽なんか、あるものか」

「口留されているんだ」

「口止め料は幾らだ。言わないと、家のなかでふれまわるぞ」

「それは止めろよ。旦那の身代わりで。寝床に入っている」

                                         
 仙太郎(雨川景子)と百太郎(まるのめぐみ)は、番頭からはした金をせしめて、協力者になった。



 「あなた。あなた。具合はいかが」

 深夜。奥さまは寂しくて、心配で、とても一人で眠れず、清兵衛の寝床にやってきた。

 身替りは大変だ。

「ここでばれたら、どうなる」

 脅えるほどに、蒲団が震える。

 奥さまは悪寒がひどいのだと、なおさら案じる。

「やばいぞ。やばいぞ」

 仙太郎と百太郎は逃げ出していく。

「あなた。あなた。口も利けないほど、容体が悪いの」

 お絹は蒲団の側に近寄った。

「いやよ。わたしを残して死んでしまったら。わたしも死ぬからね。あなたなしではとても生きていけない」


 お絹は、良人のケロリなら、わが身に伝染してもよい、そんな覚悟を決めた態度だった。


「ねえ。一声でも聞かせて。生きている証しを示して」

 奥さまは布団に被さって、顔を見ようとする。

                                           【つづく】

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