A045-かつしかPPクラブ

『力まず、ほんわか、草だんご』 (上)  鷹取 利典

    力(りき)まず、ほんわか、草だんご

   帝釈天の参道から撮影した店舗と店主、名取さん。 
  恥ずかしがって、最後までマスクは取ってもらえなかった。


《まえがき》

 東京・葛飾柴又と言えば、映画「男はつらいよ」で有名な「寅さん」だが、もう一つ、欠かせない名物に「草だんご」がある。

 それは帝釈天の開山から始まる。帝釈天は、正式には「経栄山題経寺(きょうえいざん だいきょうじ)」といい、日蓮宗の寺院である。下総中山(千葉県市川市)の法華経寺の上人と二人の弟子の僧によって、江戸初期に開山されたと言われている。

 その帝釈天では、下働きしていた人達に草だんごを作らせていた。その後、下働きの一家が、参道で草だんご屋をはじめて大評判になった。当時は「きな粉」をまぶした草だんごを販売していたが、女中が、あんこを添えることを思いつき、今の「あんこ」と「草だんご」の組み合わせになったと言う。

 現在は参道に、草だんごを販売しているお店が5軒ある。そのなかで、ひときわ個性的な草だんごを作り続けているのが「吉野家」だ。


 父から受け継いだ「草だんご」            

 まずは「吉野家」の草だんごを見て欲しい。この濃い緑色の草だんごは、どうやって作り出すのか。


 筆者は、この「吉野家」を自身の開設するホームページで2002年8月に紹介した。その時に、次のように説明している。


                       (写真は2002年撮影)

『ガラスの向こうにあるのが、お団子です。この写真から分るでしょうか。団子の色が。緑。それも濃い緑。それもそのはず、よもぎ(餅草)が、他の店より多い多い・・・。店の前に置かれた『非売品』の文字が物語ってます。
店の方の気持ちが通じますか。ここのお団子は、一度食べたら、癖になります。もう他のは、食べれません。』

 色の濃いのは、よもぎの量が多く、香り豊かで、味もよもぎ特有の苦味も感じさせる。とっても弾力があり、食べ応えも充分だ。ここまでよもぎを強調した草だんごは、なかなかない。

 店主、名取千枝子さんは、三代目だ。先代のお婆さんが、ここ柴又の帝釈天の参道で草だんご屋を始めたのが吉野家の始まりである。初代の頃は、おだんごを店内でも食べられ、他におでんなども出していた。


                      (写真は2010年ごろに撮影)

 そして二代目、お父さんは、お店の他に仕事を持っていたので、毎日おだんごを作れなった。それで庚申の日しか店を開けなかった。その当時は、幻の草だんごとまで言われ、店の脇の路地に長い行列ができた。

 お父さんから引き継いだ名取さんは、店を改装し9年前から毎日店を開けるようになった。しかし、名取さんのご主人が体調を崩し、今年(2019年)4月からは土日と庚申の日のみの営業になった。一日も早く回復され、写真のように、夫婦二人で店を切り盛りできるようになってほしい。       


吉野家のこだわり「よもぎ」              

「吉野家」の売りは、なんと言っても[よもぎ]である。他の店とは違う。

 一般的に、冷凍よもぎを使う店が多いなか、吉野家は昔から、長野県松代産の乾燥よもぎを使っている。冷凍よもぎの8倍もの費用が掛かるが、冷凍ものより香りが良いからだと言う。

 しかし、最近は乾燥よもぎを作る職人が減り、10年前に比べると仕入れ値が2倍にもなった。それでも、この味と香りを守るため、乾燥よもぎを使い続ける。

 乾燥よもぎを使うには手間がかかる。一度茹でて、パットの上で冷ます。その後が大変だ。よもぎは、植物の「葉」だから、葉脈とよばれる筋がある。名取さんは、これを繊維という。一つひとつ手で取り除く、この作業により口当たりが良くなると語る。

 取材に行った日も、名取さんとパートの女性とで、繊維を一本いっぽん手で取っていた。地道な作業だ。機械生産されたよもぎは決して使わない。

 店の脇に「添加物は一切使用していません。翌日には少し堅くなります。日持ちしません。」と表示している。だから、地方発送はしない。購入した、その日に食べていただきたい。こだわりぬいた味と食感、そして香りを感じてほしいという。名取さんの思いがそこにはある。


 3度目の取材で、作業場を見させてもらうと、入口に石臼があった。年季の入った黒く光る臼である。

 むかしはこの石臼と薪を使った竈でだんご蒸していたと懐かしんで名取さんが話してくれた。

 石臼は、先代お婆さんの時代の物だ。竈は、この時代さすがに、煙いと近所から苦情があり、残念ながらガスに変えた。近所から苦情を受ける前に、自分達も煙くて大変だったという。
しかし、薪の燃える炎がほんわかして、良かったと語る。吉野家の草だんごには、そんな懐かしさも、味わいになっていた。

《つづく》

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