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《講演会・案内》「幕末 芸州広島藩の活躍」広島県・竹原市

 穂高健一の講演会が、1月8日に広島県・竹原市で開催されます。題名は「幕末 芸州広島藩の活躍」で、サブタイトルは「~頼山陽から神機隊まで~」です

 開催日 令和2年1月8日(水)

 時間  13:00 ~ 15:00

 会場  グリーンスカイホテル竹原
      竹原市中央4-2-18

 定員  100人(先着順)

 会費  500円

 問合せ先 : 芸州広島藩研究会 広報室 山澤さん 090-6416-9518


 講演の趣旨


 ① 竹原の商人・頼春水(らいしゅんすい)は、広島藩・浅野家の学問所の創設者のひとりです。江戸詰のころ、ときの老中首座・松平定信の「寛政異学の禁」に、大きく関わりました。
 息子の頼山陽は広島で育ちました。武士の身分に取り立てられており、山陽が脱藩を企て上洛すると、叔父の頼杏坪(きょうへい)によって京都で発見され、広島へ連れ戻されました。廃嫡のうえ自宅へ幽閉されます。このときに『日本外史』を執筆しました。
 武家の栄枯盛衰を名文で書きあげた歴史書で、幕末の尊皇攘夷運動に影響を与えました。江戸時代・明治時代を通して、日本史上の最大のベストセラーとなりました。
  
 竹原が生み出した頼春水・頼杏坪(『芸藩通志』などの藩史編さん)・頼山陽の息子の頼三樹三郎(安政の大獄で、吉田松陰らとともに刑死)などを語ります。

 広島藩が幕末の倒幕におおきく関わりましたが、その一つには頼山陽の皇国思想があったからである、と講演で語ります。


 ② これまで広島藩の幕末の活躍が、世のなかに、ほとんど知られていませんでした。それは明治政府が浅野家史「芸藩志」を封印したからです。世に出たのが昭和53年にわずか300冊です。
 このころ坂本龍馬を題材にした司馬遼太郎著「竜馬がゆく」が昭和41年に出版されておりました。当然ながら、広島藩の存在は司馬氏もまったくわからず、龍馬を英雄に仕立てる司馬史観で書きあげています。

 実際は薩芸倒幕です。しかし、司馬史観によって薩長倒幕にすり替わってしまいました。

 江戸時代を通して、広島藩は薩摩とは御手洗交易を介し、経済的に強いつながりがありました。特に、アメリカ南北戦争のあと、フロリダから繰綿の輸出がとまり、薩芸貿易によって、薩摩が多大な利益を上げました。
 
 これが徳川幕府を倒す、大きな原動力になりました。


③ RCC中国放送の中四国ライブネット「芸州・広島藩から見た明治維新!」が、(1か月半前)、昨年(2019年)11月17日(日)18:00~20:00生番組で放送されました。
 司会:一文字弥太郎さん、岡佳奈さんです。

 この2時間の生番組のなかで、幕末史では第一人者の原口泉さん(篤姫。西郷ドンの大河ドラマの時代考証)が、従来の薩長同盟の定説をくつがえす、爆弾発表をしました。そのうえで、薩芸交易と広島藩の存在がなければ、徳川幕府の倒幕はなかったと、はっきり言いきりました。

「くわしくは穂高先生に聞いてください」と結んでいます。

 薩芸交易、長州戦争、大政奉還、さらに戊辰戦争に自費で参戦した神機隊まで、広島藩の立場で語る講演会です。

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