A020-小説家

【良書・紹介】頑固者が面白い・『小言又兵衛・天下無敵』=飯島一次

 飯島一次著「小言又兵衛・天下無敵」(二見時代小説文庫・648+税)、サブタイトルは、血戦護持院ヶ原(けっせん・ごじいんがはら)である。

 小説は人物が書けていると、面白い。作品に深みと味がある。
 旗本の隠居・小言又兵衛(こごとまたべえ)は、良く書けている。家禄がわずか300俵の旗本だが、8代将軍・德川吉宗に対しても、畏怖せず、「曲った畝(うね)を直さねばなりませぬ」と苦言をいう。武士道にうるさい。その小言がもし間違っていたら、腹を切ります、と吉宗に言いきる。
 時代小説ならばこそ、読者はこうした痛快な人物と向かいあえる妙がある。


 小言又兵衛は当然ながら出世街道から外れたうえ、江戸・本所で隠居へと追いやられる。雇った女中にたいしても、小言が止まらない。女手不足の時代である。
 だれもいつかなければ、困るのだが、それでも小言はやまない。唯一の小者「三助」はいつもへらへらしているし、泣きべそ、弱音は吐く。この人物の存在感がたっぷりだ。


 小言又兵衛は銭湯に行けば、誰かまわず、怒り、叱りつける。となると、銭湯にお客が寄り付かなくなる。当人はわれ関せずだ。この銭湯がよい伏線になっている。

 三助に誘われて、武士が表向き観てはならぬ芝居を観に行く。「鍵屋の辻の決闘」など、町人が夢中になる芝居にこそ、武士道がある、と知ったのだ。
 ただ、江戸中期は、武士といえども、人を斬ることはまずない。(現在の警官が何万人もいても、銃でひとを撃ったことがないのと同じである)。
 小言又兵衛も剣で人間を殺したことがない。ここらも、ストーリーの味になっている。


 作者の飯島さんの素顔は、ふだんから「寄席」に通う。そして、人間の機微とか、人情とか、熱心に研究されている。達者な筆さばきで、登場人物の会話などが落語なみにテンポ良く、切れがいい。


 駿河阿部藩・2万石から、美人の姉と武術のない弟、ふたりが父の仇討ちに江戸にやってくる。芝居町で、博徒やごろつきに襲われている。それを助けたのが小言又兵衛である。
 と同時に、ここから仇討のストーリーが動きはじめる。

 亡き父親はかつて背中を斬られている。相手は同僚だった。金を持ち逃げしている。藩はメンツがあるから、それを内密にしている。
 当時の江戸は100万都市だった。一人の仇を探しだすのは、雲をつかむような話だ。実にミステリアスだ。わずかなヒントから、医者の良庵が謎を解いていく。これら一つひとつに説得力がある。

 読者にも、やがて仇の人物像が見えてくる。悪い町方と手を組んでいる。ここらがわかると、解決しそうだが、推理小説のように、読者の先入観、予測を次つぎと裏切ってくれる。うまいストーリー運びだ。参った。読者はなんどもつぶやくだろう。

 
 次つぎに登場してくる人物は、癖が強く、愉快、痛快、意外性はたっぷり。ラストシーンの護寺院が原で仇をうつまで、目が離せない小説である。

 これ以上はネタバレになるから、書けないけれど、時代小説として善人、悪人が明瞭だけれど、いずれも個性豊かに描かれている。

 
 
 

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