A020-小説家

【読書の秋・推薦図書】 「万骨伝」= 出久根達郎

 10月といえば、月並みだが、夜長の「読書の秋」となる。秋の日はつるべ落としで、陽が暮れるのは早い。さて何をやるか。TV観賞ばかりだと、味気がないし、受け身の人生になってしまう。

 読書の良さは、疑似体験で、ひとの2倍も、3倍も、人生を過ごせる。これは貴重な体験として、からだのどこかにしみ込む。

 葛飾区・立石には名物「岡島古書店」がある。主の岡島さんと会い、こんな話題から入った。「達ちゃんの読書量にはおどろかされるよ。古本屋がまず読まないのが、饅頭本だからね」
「饅頭本とは?」
 わたしも作家稼業だが、その用語には馴染みがなかった。
「葬式饅頭があるよね。それだよ。死者を称える本は饅頭本という。死者を悼んだり、弔ったり、そんなことばはまずはきれいごとばかり。美辞麗句ばかりで、内容がない。面白くない。私は読まないね」
 読むのが商売の古書店の主のことばだ。つまり、饅頭本は古本屋の関係者はまず見むきもしないと語る。

「達ちゃんは、それを丹念に読んで、そのなかから、新発見をして人物紹介をしているのだから、おどろかされるよ。かれはむかしから読書量は半端じゃなかった」
 岡島さんの語る出久根達郎さんのエピソードは尽きない。

 出久根達郎著『万骨伝』(ばんこつでん)ちくま文庫、定価950円+税が、この秋に出版された。副題は「饅頭本で読むあの人この人」である。

 岡島さんはそれを読んで、ともかく感歎していた。ふたり(岡島さんと出久根さん)は、10代の頃から、古書店仲間だ。「おれ・おまえ」というか、呼び捨てにする仲間だ。ともかく親しい。
「神田古本街に仕入れにきた達ちゃんの読書は、ともかくすごかった。片っ端から読む、眼を通す。本問屋の地べたに投げ出されている、現在でいう店頭30円~100円の本まで目を通していたよ」
 そんなエピソードを語る岡島さんも、名刺とケータイは持たない。手紙は書かない。この3点セットは守りつづけている。頑固一徹だから、世のなかがどう進歩しようが、下町・立石で、古書店を守りつづけている。
 現在は葛飾立石ブームだが、町の歴史そのものの語り部でもある。

『万骨伝』には実業家、アスリート、泥棒まで、異色の人物が50人ずらりならぶ。個々人の写真があるので、明治、大正、昭和のお姐さん方の美人ぶりも、これも楽しい。

 ひとりだけ紹介しておこう。
 私はいま歴史小説を執筆ちゅうだが、飛騨国で大原騒動(農民一揆・日本最大級)が18年間つづいた。そのさなかに、幕府支配の大原郡代に反発した上木屋甚兵衛が、その騒動の張本人のひとりだとして、新島に流される。
 島民には「ひいだんじい」と親しまれれた。かれが病気になった。その知らせが飛騨高山に伝わると、家族が流人の看病のために、島に渡りたいと、江戸勘定奉行に願いでる。

 ときの勘定奉行は久世丹波守だった。罪人の看病など、前例がない。何ごとも、為政者が初めてのことをやるのは、勇気、決断、説得力がいる。久世は老中を説得して渡島許可を出したのだ。
 そのヒューマニティには感動していた。出久根さんが、大原騒動をふくめて、そこらをしっかり書き込んでいた。
 岡島さんの言う、よく読んでいるな、と私もおどろかされた。


 ・女ならでは夜も明けぬ
 ・豪快な日本男児たち
 ・作家もいろいろ
 ・ビジネスと陰謀
 ・俳人・歌人と漱石ゆかりの人々
 ・歴史を作った人
 ・ただ一筋にひたむきに
 
 それぞれのジャンルで、7-8人ずつ紹介されている。『知る人ぞ知る偉人伝』として、お勧めできる。「葬式饅頭に似せた饅頭本」にも、こんなすごい内容とか、人物とかがいたのか、と読みながらあらためて教えられた。

 おおかた小・中学校の郷土史で、地元の著名人、忘れないでおこう、と紹介されているくらいの人物だろう。この秋は歴教科書で習わない(せいぜい名前ていど)の生き様の疑似体験をしよう。
 
 冒頭から続けざまに読まなくてもよい。これぞと思う人物だけ、拾い読みしてもいいのだ。饅頭本だから。きっと複数の感動が得られるだろう。

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