A020-小説家

朝日新聞・書評委員会メンバーの立石ツアー・深夜まで悦に(上)

 直木賞作家の出久根達郎さんから、1月半ば頃に、1通の手紙が届いた。出久根さんはいつもながら和紙で達筆の太文字だ。
 朝日新聞の「書評委員会」の会合で、出久根さんが葛飾・立石の話を持ち出したところ、大いに盛り上がりました。ついては、「立石ツアー」を企画したいので、地元作家の私にコーディネートしてもらえませんか、という内容だった。


 希望日は2月19日(火)だった。

 この日は空いていたので、私は出久根さんに、OKですよ、と電話を入れた。書評委員会のメンバーのみならず、記者、編集委員なども参加するから10人くらいだという。記者などは仕事の都合で、遅れてくる。
 それはそれとして、当日15時から駅前の喫茶室で落ち合い、あとは下町らしいところを見てもらいましょうと、出久根さんもよく知る街だけに、ふたりの間でツアー企画のルートはすぐまとまった。

 数日後、出久根さんから、和紙の手紙がきた。いつも感心するのは切手が絶妙の味がある封書だ。参加を表明したメンバー紹介で、朝日新聞の【読書】では常に出てくる名前だ。

   保坂正康さん(昭和史研究家)
   小野正嗣さん(今回の芥川賞・候補、三島由紀夫賞受賞)
   中島岳志さん(評論家)
   揚逸(ヤン・イー)さん(平成20年・芥川賞・受賞) 
   山形浩生さん(野村総合研究所・上級コンサルタント)
   上丸洋一さん(朝日編集委員)
   原真人さん(同)


 書評委員会メンバーと朝日新聞・記者たちを含めると、13、4人となりました、と記す。私にすれば、日本ペンクラブの仲間には良いぞ、好いぞとなにかと誘いながらも、一方で毎日見慣れている街だけに、「昭和が残る、葛飾・立石はそんなにも好奇心に満ちた街かな」とむしろ驚かされた。

 そういえば、思い出すのは朝日新聞の素粒子を書いていた、轡田隆史(くつわだ たかふみ)さんだ。立石にべたぼれで、私の顔を見ると、「テレビ朝日のニュースキャスターだった、小宮悦子さんも、立石にきたがっているんだよ。派手な顔立ちは似合わず、泥臭い街だからな、まだ実現せずだよ」と話す。その実、轡田さんは友人と立石に通い詰めていると語っている。

 書評委員会の13人となると、とても一人で対応できない。そこは出久根さんのことだ、若いころから古本屋仲間である、「達っちゃく」「岡ちゃん」という間柄の、立石の古本屋の主である岡島秀夫さんに声掛けをされていた。この岡島さんは客商売をしながら、「ケータイ、名刺は持たない。手紙は書かない」と言う、明るく愉快な親父さんだ。

 同日、京成立石駅前の喫茶店には、夕暮前の3時に集まった。同委員会をサポートする、編集長も記者もやってきた。余裕を15分ぐらい見てから、同駅から徒歩2分もない、葛飾区伝統産業館(山中定男館長)に出むいた。

 同館は江戸時代からの技が生きている、葛飾区伝統職人会が運営する。館長、副館長、今回の労を取ってくれた松井喜深子(きみこ・伊勢形紙)さんたちから展示品の説明を受けた。


 出久根さんから事前に参加者に、同館の資料が配布されていた。
 東京桐箪笥 江戸木彫刻 東京仏壇 竹細工 銅版仏画、東京手描友禅 唐木細工、彫金 硝子彫刻 鼈甲(べっこう)など、数々の品が陳列された、

 芸術品的な品物を前にして、メンバーはかなり驚かれていた。それぞれが質問をする。

 全品が手作りで即売している。

 山中館長がなぜ葛飾に職人が多いのか、という質問に答えて、「関東大震災、先の戦災で、浅草や深川に住んでいた職人たちが、焼け出されて、その当時は野畑だった、葛飾に流れてきて住みついたのです」と説明してくれた。

 江戸切子 江戸打刃物 東京打刃物 銅器・銅製おろし金 東京銀器、と説明しきれないほど品々が並ぶ。買う意志を示せば、陳列を開けて、手に取ってみることができる。

「入口近くに置かれている、棕櫚タワシが丈夫で、安くて、お土産に最適ですよ。奥さんに買って帰えれば、喜ばれますよ」
 私はそう勧めた。

 昨年11月19日に『葛飾フォーラム』に参加した1人、出久根さんは前回に続いて、財布を買っていた。そのフォーラムに参加した・吉岡忍さんは「大根おろし」を買っていたな、『こう見えても、時どき料理を作っているよ』と私に語っていたが、使っているのかな、と思い出した。

「象牙などは、ワシントン条約で輸入できず、製品になった、象牙彫刻は輸出できません。材料は先細りですが、鼈甲もそうですが、国内にある象牙や鼈甲を集めてきて、加工しているのです」
 伝統職人会の4人による、こうした説明を受けてから同館を後にし、下町・立石の街散策に出むいた。【つづく】


 写真:滝アヤ

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