A020-小説家

ミステリー小説「海は燃える」が最終回

 小川知子さんは私の中学時代の担任(国語)だった。習字の時間には「自分の名前ぐらい練習して丁寧に書きなさい」と叱責された。国語の時間には「作文は上手ね」と褒めてくださった。

 私が30歳のとき腎臓結核で長期入院となった。全集などばくぜんと読んでいるだけでは、日々が面白くなくなった。何かできることがないかな。そう考えたとき、中学生時代には作文を褒められた、という記憶がよみがえってきた。
「小説でも書いてみようかな。身体を動かさなくても、寝たまま頭を使えばいいんだから」
 そんな動機から始まり、こんにちの作家稼業へと結びついた。

 ミステリー小説『海は燃える』の最終回・「17夜祭」が、隔月誌「島へ。」68号(10/1発売)に掲載された。同誌53号(10年5月1日発売)から16回にわたって連載してきた推理小説である。

 美大生の誘拐事件からスタートし、中盤ではいじめ事件を絡ませ、終盤では真犯人と対峙する殺人事件へと運んで行った。

 推理小説はこれが書下ろしならば、伏線とか、証拠品とか、犯人の遺留品とか、最初からもう一度書き直せる。しかし、連載となると、すでに本は発行されているから、さかのぼって書き直しができない。それが厳しい。
 犯人に結び付くだろう、証拠品、発言、目撃者をあらかじめ配置しておくのだが、当初の「作者の想いや考え」とは違い、登場人物が勝手に動きだす。
 最初の「あらすじ」など、途中で吹っ飛んでしまうから、なおさら厄介だった。

 誘拐事件の展開だけだと、隔月誌の連載としては緩いな、と途中から「中学生のいじめ事件」を過去の謎としてからませた。
 こうなると、当初のストーリーとはかなり別もので、毎回の執筆が出たとこ勝負となった。主人公、取り巻きの人物、容疑者たちが好き勝手に動きだす。一方で、犯人に結びつく推理の整合性はかならず求められる。段々と、タイトルとうまくからむのかな、という不安も芽生えてくる。

 日本ペンクラブのある親しい推理作家が「ミステリー小説の連載は2度とやりたくない」と話していた。そのことばが、執筆のさなかに、私の脳裏にも何度も駆け巡っていた。とりもなおさず、最終回へとたどり着いた。

 恩師の小川知子さんには毎回、同誌を送り続けていた。最終回の「海は燃える」のコメントとしては『神峰山の山頂(真犯人と対峙する場面)、17夜祭の花火の5色の傘でまとめられたのは実に見事でした。さすが、と感心いたしました』とうれしいハガキを頂いた。

 私自身も、うまく着地できたな、こんなにきれいに決まるとは思っていなかったな、とある種の感慨をもっている。

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