A020-小説家

ノンフィクション07.11月学友会 外国はいずこに

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 学友会5人は待合せ場所や約束時間で、折々、不本意ながらずっこけが起きていた。前回はヤマ屋の連絡ミスから、1名の不参加を出してしまった。ミスを引き起こした張本人のヤマ屋は、このたび念には念を入れ、「11月29日だぞ」と全員に出席の再確認をおこなったようだ。つまり、万難を排したのだ。

 今回も隠されたアクシデントが発生しているが、文末に『お詫び文』として掲げている。

 ヤマ屋は、日暮里から北千住にむかう快速電車に乗った。車窓は日没の情景で、夜の帳が下りはじめていた。かれの真横には、20代の女性が白人男性と腕を組む姿があった。彼女は満足な英話もしゃべれず、ひたすら「アィシー、アィシー」とうなづくばかりだ。欧米人と連れ添えば、優越感を覚えるのか。まわりの人間が、凄い、と見てくれる。そんな妙な錯覚をもった女性に思えて仕方なかった。

 白人男性は日本にきても、会話が赤子以下の東洋女となると、知識の吸収にもならず、面白くもないはずだ。それでも笑顔で応対する。これも男の下心が見え隠れしているように思えて仕方なかった。

 それ以上の詮索する余裕もなく、北千住駅に着いた。広い改札から一歩街に出ると、まだ11月末なのに耳にはChristmas・ソングが流れ、目にはツリーが飛び込んできた。なぜ、こうも1ヶ月余りも早くから、街なかをChristmas関連で騒々させるのか、不可解だった。

 Christmasはキリスト教の宗教的な催し物だ。12月22日頃ならばわかるが、なにも街なかで騒ぎ立てる必要はないと思う。別段ナショナリストではないが、ヤマ屋には日本人の異常な姿に思えるのだ。

 かれは遅刻の常習犯だが、今回は5分前に丸井北千住店前にやってきた。前回は連絡ミスで、元銀行屋の不参加を招いてしまった。懺悔の気持ちから遅刻などできなかったのだろう。懺悔。これもキリスト教で、牧師の前で罪を告白し、許しを乞うことだけれど。かれが、すっぽ抜かされた元銀行屋に対して、どんな侘びかたをするのか、今回の学友会の一つの見どころでもあった。


「おれが一番乗りかと思っていた。余裕を持ってきても、最後か」
 ヤマ屋が学友たちの顔を見回した。
「おまえが時間通りにくるとは……。今晩は雪だな」
 元焼芋屋があえて星の出た空を見上げた。
「時間通りだって。まだ5分前だ、早すぎた」
「解ってないな、世間では5分前を時間通りというんだ」
「5分でも勿体ない。この世に10分前、15分前に約束場所に早々と着いて待っている、と自慢する奴がいる。そういう人間の神経がわからない」
「それが一般的な考え方だ。遅刻しない、他人を待たせない。それが社会ルールだ。おれなんか学友会のたびに、一時間前に一度約束場所を確かめてから、周辺を散策し、町の様子をみたりしている」
「それは人生のたんなる空白だ」
「解ってないな。ヤマ屋の性格はいい加減で、常識外れだ。だから、相手を待たせない、と気遣う心が理解できないのだ」
「学友どうしで、気遣い?」
「こんな論議はムダだな」
 元焼芋屋が根負けしてきた。


「信州は雪だった。きょうの学友会に合わせ、出張で帰ってきたばかりだ」
 元蒲団屋が割り込んだ。長野の雪は真実のようだ。
元蒲団屋は猛烈な働き人なのか、病人なのか、まったく不可解だ。病気の知識に関しては学友随一で、『家庭医学辞典』が座右の書だ。その一方で、各地を飛び跳ねている。ハードな働き振りに感心していると、いつしか入院している。退院後はまたしても強行軍の出張だ。身体については得体の知れない男だ。
「前回は悪かったな」
 ヤマ屋が元銀行屋に詫びた。
「いいさ。気にしてない」
 元銀行屋はもっと責めるべきなのだ。それを鷹揚に許す。ヤマ屋はすべての懺悔が終わった表情になっている。


 今回は、元銀行屋にも美味しい焼き鳥を味わってもらう。この趣旨で、元教授が推奨する『五味鳥』のリターン・マッチとなっていた。
 5人の学友が揃ったところで、下町・北千住のネオン街に向かった。『五味鳥』の店内はカウンター主義だった。そのために一人で飲む客が多い。奥まった場所には5人掛けの席が一ヶ所ある。それが運良く取れた。
「ヤマ屋がいつも通り遅刻だったら、この店は諦めだったな」
 元焼芋屋がいった。
「定刻より5分早くきた、おれに感謝しろ」
 だれもヤマ屋に謝意を述べなかった。持ち上げれば、ヤマ屋は調子に乗るだけだ。5人は数十年の付合いだから、その辺りの呼吸を十二分に知り尽くす。


 ビールで乾杯したら、すぐさま焼酎になった。ヤマ屋だけが唯一ビール主義だった。
「ハツ、つくね、レバー、軟骨、……」
 元教授が焼き鳥を好き勝手に決めていた。オーダーすれば、一品につき5本ずつが一皿に盛られてくる。5人が喧嘩しない心づくしの店だ。
 元教授が前回の席で、『メディア取材はお断りの店だ』と話していた。それが背景で、地の人、下町の人たちに支持されている。店内はさしてディスプレーしなくても、下町の心温かい雰囲気が存分に漂う。

「おれは心臓検査で11月半ば、2日間ほど検査入院してきた。その結果を報告したい」
 元焼芋屋が一番に話題を手繰りよせた。
「心臓病の疑いだって? おまえの心臓に毛やカビが生えても、痛むはずがない。なにかの間違いだ」
 ヤマ屋が頓狂な声をあげた。
「まあ、聞け。五反田の某大病院で、定期健診を受けた。(人間ドック?)。最初の心電図では、なんの異常もなかった」
「当然だ。おまえの心臓に異常があるはずがない」
 ヤマ屋は鼻から切り捨てていた。
「年齢的に、もう一段うえの検査が薦められた。坂道を駆け上がるような、心臓に負担をかけた検査だった。そこで異常が見つかった」
「医者が、もしかしたら他人のカルテと間違った?」
「心臓に異常があるといわれたら、だれでも怖いだろう。心臓カテーテル検査が必要だといわれた」
「気にするほど、デリケートな人間か」
 ヤマ屋は素面(しらふ)と変わらない酒量だが、つねに悪態をついていた。
「検査入院した。腕の動脈からカテーテルを入れて、血管を通しながら心臓まで到達させて調べる、かなり痛い検査だった」
 元焼芋屋が検査方法を簡略に説明した。他方で、担当してくれた医者は同病院では心臓関係の権威者だったと付け加えてから、
「検査が終わったあと、『まったく異常がありません』と言い切った。それも、無事で喜べといわないばかりだった。おれは頭にきた。検査料稼ぎの検査か、と嫌味と皮肉を並べ立ててやった。担当医は他のベッドの入院患者の手前、神妙な顔だった」
 元焼芋屋は医者への批判を繰り返す。

          

            
 元蒲団屋は、元焼芋屋が検査入院前に連絡を取り合っていたという。
「心臓が悪ければ、血圧が上がるはずだ。元焼芋屋は血圧が正常だった。だから、問題ない、と信じて疑わなかった」
 元蒲団屋は病気体験、家庭医学書の知識で、あれこれ診たてたエキスパートの語調だった。それをヤマ屋が遮った。
「医者は誤診がつきものだ。『病気は、医者よりも病人に聞け』そんな格言はなかったか?」
 だれもが首を傾げた。
「……そもそも医者が丁寧に問診すれば、この男の心臓を検査しても無意味だとわかったはずだ。元焼芋屋は口八丁で、言いたいことをいう、心臓に毛が生えた男だと、判別できたはずだ」
 ヤマ屋が指摘に対して、まわりは納得顔だった。
「軟骨は骨まで食べるのだ。肝心なものを棄ててもったいない」
 元教授がふいにヤマ屋の食べ方を指摘した。
「食べられるのか、骨が?」
 ヤマ屋は山岳に入れば、長期テント生活で、ガマガエルの肉をカレーライスに使う男だ。他方で、焼き鳥の食べ方となると、名前も知らなければ、食べ方も知らないらしい。
「だから軟骨、というんだ」
 元教授がヤマ屋を侮った。
「……ほんとうだ。骨は柔らかくて美味しいな」
 ヤマ屋は妙に感心していた。

 元銀行屋は味覚を含めた五感の表現が下手だ。『五味鳥』は初めてきた店だから、味について、なにかしら語ってもよいはずだ。しかし、黙々と食べている。
「美味しいだろう」
まわりの学友が誘い水の言葉を差し向けても、
「まあな」
 とさり気ない口調だった。
 かれの表情から正確な味覚は読み取れない。この男は嫌いなもの、嫌いな事柄、嫌悪に対しては明瞭に言うタイプだ。嫌味も、皮肉も、エスプリも一言もないところを見ると、納得できる味なのだろう。

 元蒲団屋が身を乗り出し、話題を横取りした。
「俺たちの年齢になると、目だけは注意したほうが良い」
 病院で入手した冊子を配りはじめた。『知らなかったドライアイ』『糖尿病から目を守る』『緑内障』『網膜剥離の病状と治療』『飛蚊症』『白内障の病状と治療』などについて、それぞれ解説を加えはじめた。酒の場がミニ医学講演会になった。

 元銀行屋は今夏に網膜手術をした。その後、目薬を間違え、「水虫薬」を注した。そういうアクシデントがあるだけに、多少は興味の目を向けていた。
 他の顔を見ると、医学講演会の内容を真剣く態度でなく、聞き流し、酒の肴に気を取られている。むしろ焼酎の割り方に関心度の高さがあった。


 元蒲団屋は、それでも話題を逸らさなかった。かれは糖尿病から失明寸前に陥り、網膜に延1500発のレーザーを打った経験がある。
「視力は手術で回復しないが、病状の進行を阻止するためのものだ。ふつうの人は手術のさなか、頭が痛くなるようだ。おれは手術慣れしているから、耐えられた」
 かれは脆弱な眼球と、頑健な精神力とを語る。
「毎朝、目覚めると、網膜の1500発の点がちらつくんだ」
 聞く側には想像がつかないが、だれもが数の多さに驚かされていた。


 心臓検査入院した元焼芋屋が、退院後、運転免許更新から東京都庁に出向いたときのエピソードを語った。
「視力の検査係官が苛立ち、『あんた馬鹿にしているのかね』と怒り始めた。0.5とか、0.2とか、指揮棒を差されても、満足に見えなかった。勘で答えていた。右、左とか、文字とかはでたらめだったらしい。『あなたはメガネを持ってきたか』と検査官が聞いた。おれは視力が落ちているとは思ってなかったから、当然、メガネなど持っていない。『めがねを用意して、出直し』といわれた」
 元焼芋屋はこうした出来事にも動じなかったようだ。


 かれは新宿駅に近いメガネ屋に飛び込んだ。
「事情を説明し、免許更新したいから、きょうメガネを作ってくれ、といったら吃驚された。検査した結果は、乱視もあるし、無理だというんだ」
 それは当然だろう。
「0.7以上が見えるメガネを貸してくれ、といった。すると、メガネ屋は驚いていた」
 それでも合格ラインまで見えるメガネを取り繕ってくれたのだという。それをもって都庁に出向くと、眼鏡使用でパスした。
「借りたメガネは返したけど、新宿の店ではメガネを作らなかった」
 これだけ厚かましい人間が、心臓病などなるわけがない。
     


 元銀行屋が唐突に近いうちに郷里・三重県の親戚の法要に帰るという。かれは18歳で郷里を離れ、東京に出てきた。
 数十年経って、この年齢から田舎をみると、両親はすでに亡くなり、故郷の親戚は遠い存在だと語る。それでも、血のつながりがある親戚筋の法事には声がかかる。それには対応しているという。故郷の話題はかつて何度か遡上にあがっている。元銀行屋の根っこは細くても、故郷につながっているようだ。

「親が死んだ折、おれは涙を流さなかった」
 元銀行屋はそこに日本男子の美学を見出していた。感情の抑制が日本人には大切。そんな硬派なタイプだ。しかし、元銀行屋は妻に弱いらしい。これまで飛行機嫌い、海外嫌いと話していたが、来年3月には韓国に行くという。かれの妻は大陸からの引揚者だった。むろん、乳幼児か、赤子の頃である。
「妻に引きずられて韓国詣か。理由はともあれ、これで全員がパスポートもちになる。海外で学友会。いずれは実現したいものだ」
 学友たちの意思は統一された。
「いずこの外国に行く?」
 学友たちは、実現に向けて、しばし好き勝手な国名を挙げていた。
 この段階では、財布の中身を無視した、女房にも承諾を取っていない、無責任な話題だ。ここでは俎上に挙がった国名は割愛する。

 元蒲団屋は中国から引揚げした身だ。まだ3、4歳の幼子で状況の記憶はない。それでも親からの伝承の引揚げ体験を語る。
 父親が著名な画家に作品をもらい、隠し持ち、困難な状況下で日本に帰ってきた。国内で、その絵を売ったことで、戦後の混乱期には貴重な食い扶持になったと話す。
 これら伝承体験は、第二次世界大戦の戦後の厳しさを語る貴重なものだ。学友たちは後世に語り継ぐ、つなぎ役の年齢になってきたようだ。

 元学者が今月初めに南アフリカに行ってきた。
「怖い国だ。添乗員が突如として白昼に、それも大勢の目のまえで物品を強奪された」と凄まじい光景を語る。
「あるとき、横からきた黒人が近づいてきた。こちらの財布を覗き込むんだ。不気味で怖い町だった」
 かれは治安の悪さを深刻な口調で語っていた。
 政治、経済面を含めた貧富の差とか、教育の差とかが大きいらしい。旅行者にとっては、気の許せない国だ。

 しかし、かれは決して南アフリカが嫌いになったわけではない。
「ライオンの親子、象の親子は実に可愛い、愛らしかった」
 と語る顔は微笑みでいっぱいだった。
 元教授の南アフリカ体験は、文字よりも、『写真展』のほうがリアリティーがある。そちらに譲る。

【お詫び】11月学友会の写真は、無責任なヤマ屋の不手際から、デジカメから消去してしまいました。人物写真と文面と一体感がないことをお詫びします。せめて、動物の顔と重ね合わせてください。さほど違っていないと思います。

                     (写真提供:元教授)

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