小説家

70歳で、ヒマラヤ・マナスル(8163メートル)にチャレンジ

 学友から唐突に電話が入った。「70歳でヒマラヤの8000メートルに登るひとがいる。会社のもと先輩だ。小説に書いてみないか」という内容だった。いま新橋の酒場で、そのひとと一緒に呑んでいるからといい、電話を代わった。

 登る山は昭和31(1956)年の日本山岳会隊(槙有恒隊長)が初登頂した、世界で8番目に高いマナスルだった。相手は紳士的な口調で話しているが、背後の酒場がうるさくて、明瞭に聞き取れない。多少の誤認はあるかもしれないが、昨年には7500メートルほどの山岳にチャレンジした。7100メートルの地点で引き返してきた。今年8月末には日本を発ち、ヒマラヤにチャレンジするという。

『70歳にしても、ヒマラヤにいのちをかける』その動機はなんとなく解る。物書きとして、そこにはあまり魅力を感じなかった。「酸素は使うのですか」「どんな山岳会に入っているのですか」「どういう組織で登るのですか」と、私は小説家というよりもジャーナリストの視点で質問している自分に気づいた。

 かつて三浦氏が最高年齢で、エベレストを征服している。登山の二番手はニュースとして、あまり価値がないのが実態だ。登山組織(パーティー)は公募。となると、なおさら独自性がない。連れて行ってもらうに近いと思う。むろん、それなりの体力と訓練は必要だけれど。冷めたというか、距離をおいて聞いていた。

 ヒマラヤを目前にした今、富士山で訓練中だという。山頂までのスピードを語っていた。70歳のマナスル登攀はきっと苦労と危険と隣り合わせだろう。
 
 登攀技術を含めた、登山そのものには魅力を感じなかった。おおかたシェルパーに頼り切るのだろう、と推量してしまった。しかし、ヒマラヤに立つまでの日々の努力と情熱ならば、小説になると思った。

 翌日、友人を介して、8月22日に3時間ほど、『小説』を前提としたインタビューを決めた。 
 

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