A030-登山家

「山の日」から、安全のための知識と方法(6)=東京・有楽町


 3月29日は、日曜だが、国際フォーラムの会場には、山ガールも来ていました。トークショウを愉しんだり、登山用品関係をのぞき見たり、とても楽しそうな若者が多かった。それが特徴です。

 石井弘之(ひろゆき)さんは、成城学園の中学校高等学校の校長である。

 同校は1930年に、オーストリアからハーネスシュナイダーを招いて、スキーを学んでいる。「海の学校」「山の学校」は同校の伝統行事である。

 中学1年生は「海の学校」で、生命の教育、心臓マッサージの実習、ADEの使い方などを学んでいる

 中学2年生になると、240人が8班に分かれて、北アルプスに登っている。槍ヶ岳、白馬岳、唐松岳。大勢の生徒を安全登山させる対処法について語った。

 教師はふだんの部活動、大山登山などを通して、個人の体力、集中力、指示に対する反応力など、総合的な判断から、一人ひとり挑む山岳を決めていく。この振り分が安全への第一歩である。

 約100人の教員は、春と秋に、プロの山岳ガイドから指導を受ける。教員のなかにも、大学山岳部のキャプテンやマナスル登頂の経験者がいる。本隊に同行してもらい、次のリーダーとして学ぶ。

 生徒への注意事項として、

① 走るな。  遅れると追いつこうとする。
② 振り向くな  おしゃべりにつながる。
③ 荷物を谷側に置くな 
④ 石をけるな
④ 手に荷物を持つな 両手を開かせておくことはとっさの対処になる。

 前日に、登山に出かける装備で、登校させる。それぞれにチェックする。ヘアドライアーとか、缶詰とか、重いものを持ってくる生徒もいる。ザックの荷の計量を行う。

 
 7月下旬は、このごろあてにならない。ゲリラ豪雨もある。後退する、勇気と決断が安全登山の要になる。「山の学校」のあとは、次年度に向けた反省会を行う。


 


 山本正嘉さん(鹿屋体育大学・教授)は、人間の運動能力の限界を引き上げるために、瞬発力、持久力、疲労、回復などに取り組んでいる。その成果をもとにスポーツ選手への教育や指導を行っている。

「登山は想像以上に、ハードなスポーツです。その認識が甘い人が多い。役立つトレーニングができていない」
 そう述べたうえで、脚力が弱いとバランス能力と俊敏性に欠けてきて、事故につながります、とつけ加えた。

 登山歴10年以上で、60~70歳代のベテランが事故を起こしている。

 転ぶ事故が多い。つまずいたり、浮き石に乗ったり、踏み外したり、スリップしてバランスを失う。こうした事故は、全体の56%を占めている。

 太郎平小屋に掲示された『最近の事故』から、足首骨折、大腿骨折、頭部座礁が多い、と事例で示す。

「病気による事故もあります。とくに山の登りで、心臓に負荷がかかり、突然死が起きています」
 心肺機能が弱いことにも起因しています、と補足した。

 山本は「運動の強さ」を11段階に分けている。

 1レベルは座る、立つ、入浴、車に乗る

 5レベルはかなり速く歩く、野球、ソフトボール、

 6レベルは、ハイキング、ジョギングと歩行の組合せ、バスケット、水泳

 7レベルは、無積雪期の登山、サッカー、テニス、スケート、スキー
 
 8レベルは、雪山・岩山、ランニング(分速130m)、水泳(中くらいの速さ)

 10レベルは、柔道、空手、ラグビー

 11レベルは、速く泳ぐ、階段を駆け上る

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 安全登山のためにも、ふだんのトレーニングが大切である。山本さんは図表で示した。、


 


 飯田肇(はじめ)さん(富山県・立山カルデラ砂防博物館学芸課長)は、「自然と危険を考える」という面で講演を行った。
 
『登山には4つのキーワード』

①身体の準備
  健康ですか。トレーニングしましたか。よく眠れましか。仕事や勉学の疲れはありませんか。

②計画立案
  まず地図を用意しましょう。どこに行くのか。どのくらい登り、下りがあるのか。逃げ道はあるのか。

③忘れ物はないか
  レインウェア、防寒具、ヘッドランプなど、絶対に忘れてはいけないものをチェックしましょう。  

④登山届
  山で最も大切な安全対策です。


『高さと風』
 高さを増すほどに、風が強くなる。規則性がないので、予測が難しい。山岳は地形によっては、強風になる。

 冬はジェット気流の基軸が南下するので、とんでもない強風になることがある。

 瞬間風速は平均風速の1.5~3倍になる。


『低体温症』
 低温、風、濡れが三大要因である。
 気象遭難の9割が温帯低気圧の発達、寒気流入が原因である。

 稜線に出る前に、対処する必要がある。

 飯田さんは、立山連峰(真砂岳)に氷河があったと、映像で紹介した。


 村越真さん(静岡大学教授)は、パネルディスカッションの座長を務めた。

 専門分野の一つには、「路迷い」を中心とした山岳遭難の研究テーマがある。路迷いは、年齢を問わず、低山に多い。作業道、けもの道に迷い込む。
 山岳遭難の全体のなかで約4割を占めている。つづいて転倒、滑落を合せると約3割で中高年に多い。

 路迷いは地図を読めるスキル(能力)に影響される。迷った後、適切な判断力がないと、精神的な動揺から、動けなくなるし、転落、滑落への危険が増してくる。

 無地に救出~死まで、幅が広い。

 
 パネルディスカッションで、主だったものとして、

「バッテリーが切れたら何もできない」(飯田)。予備電池の必要性を訴えた。

「チャレンジ精神が必要で、垂直方向の運動能力を高める」(山本)。ウォーキングはさして運動にならない。階段や傾斜を使った練習が効果的である。

「何をやったらよいか、悪いか、生徒に知らしめる」(石井)。登山の経験が子どもたちの成長に結びつく。

 自然は人間の思い通りにならない。槍沢は雨で冷たいが、上高地まで降りると温かい、という自然科学の知識を学び取り、山のシナリオが描けるようになる。

 計画段階から、山中の行動まで、最も弱い者に合わせる。これが登山の大原則だと、再確認された。

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