A030-登山家

1000万人の安全登山を考える=祝日『山の日』にむけた「勉強会」

 山登りは緑と川と聳(そび)える峰が楽しめる。魅力あるスポーツだ。国土の大半が山だけに、初級から上級まで、その人に見合った山は日本中あらゆるところに存在する。
 一方で、登山は命の危険と隣り合わせである。事故は初心者だけではない。ベテラン登山者でも毎年、遭難事故を起こしている。それを回避するには、初心者もベテランもリアルに山を認識することが大切である。

「山の日」制定協議会は総会の都度、登山知識、山の知識を学ぶ「勉強会」を行っている。国会で「山の日」が制定された直後の、5月28日には、同会が衆議院憲政会館で行われた。

 勉強会のメインが「山の安全」「山の恵み」であり、広く一般の人にも知りえてほしい内容を包括している。

 角谷道弘さん(日本山岳ガイド協会理事)が、題目『山と自然 最新の登山装備と安全』について講演した。
 登山に大切なものは4つある。
  ①準備
  ②体力
  ③登山技術
  ④経験
 登山中の事故で最も多いのが「道迷い」、「転倒、転落・滑落」、「疲労」である。

 道に迷うと、現在地の掌握が難しくなる。迷った時は、位置が分かるところまで引き返すことである。低山は仕事道、枝道も縦横にあり、高山よりも迷いやすいから注意が必要です、と話す。
 地図とコンパスの熟知が大切である。最近はGPSの活用が広がってきた。石井スポーツ勤務の角谷氏によると、5-10万円だという。腕時計の高度時計も必需品の一つ。2万円前後である。
 角谷さんの説明によると、最近は精度が上がり、1時間に登っている標高差なども表示されている高度計があるという。

 転落や滑落は人体に大きなダメージを与える。足腰を鍛え、つまずかない体力を維持することだ。靴ひもをしっかり結び、足が靴の中でぐらつかない。これらの心がけが転落予防の一つにもなる、と話す。

 疲労は、熱中症と低体温症を引き起こす。夏の高温、多湿環境の下で長時間行動すると熱中症が起こりやすい。水分補給を怠ると、体温調整が利かなくなる。

 低体温症は、風雨雪の長時間行動で、身体の深部まで温度が下がってしまい、寒気を覚え、小刻みに体が震えてくる。寒気の段階で、温かいものを飲み、温かい衣類に着替えることが大切である。

 近年、ゴアテックの防寒、雨具が発達してきた。軽くて丈夫な素材である。ただ、下着に濡れないものを着ていないと、雨風にさらされると、低体温症などに襲われる危険性がある。


 阿部守一(あべしゅういち)長野県知事が出席し、自然の宝庫である同県の取り組みについて語った。
 長野県は森林面積が日本で第3位である。3000メートル級の山岳が15座あり、全国で第1位。県民の共通の財産として「山に感謝し、山を守り、育て、活かす」目的で、県独自の『信州 山の日』をつくり、7月第4週日曜日とする。

「山の魅力を発信する一方で、登山の安全対策にも力を入れていきます」と同知事は述べた。

「体力の低下を認識しない中高年者の遭難が多いのです。それに、山の怖さを知らない初心者が増加しています」
 力量を超えた入山者がいるので、遭難防止対策として、山の難易度をつけたグレーディングを行う、と語った。

 グレーディングとはなにか。誰もが登山をする前に山選びをする。その指標となるものだ。
 初心者からベテランまで、「あなたの体力と技術で、どの山が登れるか」、それをより具体的な山岳名でわからしめる情報提供である。

 同県の山岳は地形上の特徴から、5段階の難易度をつける。体力は10段階にする。
 この組み合わせで、初級、中級、上級者Ⅰ、上級者Ⅱの技量に見合った山岳名が示されるのである。グレーディングは初めて山に入る登山者にも、山岳名を教えてくれる。


 警察庁地域課長の富田邦敬課長から、『山岳遭難の現状について』の講演があった。山の遭難は登山で71%、山菜とりが16%である。山は手軽なよいスポーツだが、遭難も多い。
「登山は手軽なよいスポーツですが、遭難も多い。1年間で延べ1万7000人の警察官が動員されています」と富田さんは述べた。
 山岳遭難の死者・行方不明は60歳以上の中高年が多い。どんな遭難か。内訳をみると、道に迷うが42%、滑落が15%、転倒が14%である。
 遭難死を見てみると、圧倒的に単独行の死亡事故率が高い。遭難すると、約20%が死亡している。複数のパーティーは8%である。単独行は避けたい。それが遭難回避にもつながる。

「登山届を出さない初心者が増えています。行方不明者を探す場合、届けがなければ、時間がかかるし、結局は見つからないケースが多い」
 まして、単独行となるとなおさら情報に乏しい。
「現在は、パソコンやスマートフォンから、手軽に登山届が出せます。それらの活用も行ってほしい」(日本山岳ガイド協会が開設)。登山届を探して調べる時間の短縮にもなるので、十二分に活用してほしいと話す。

 長野県警・富山県警の山岳救助隊のレベルは高く、救助ヘリなども使う。最近は外国人が手軽に山登りにくる。
「外国人への登山の注意の呼びかけが必要になってきています。静岡県警は富士登山の外国人向けに英文の注意事項の配布なども行っています」と移りゆく状況を語る。

 富田邦敬課長の解説で、「真冬の富士登山の遭難救助」のビデオが上映された。県警ヘリが地上20メートルで空中停止(ホバリング)する。富士は突風が強い。風速20メートルあり、すぐに風向きが変わるから、機体が激しく揺れる。
 ホバリング・ロープで、特務係(警察官)が下りると、遭難者を抱きかかえて機内に吊上げる。まさに、救助するほうも命がけである。

 登山は高い低いにかかわらず、甘く見ると、命の危険と隣り合わせである。登山はリスクをリアルに認識してこそ、安全登山につながる。山岳関係者の勉強会を通して、広く登山者に知識の提供を行っていく、そうした勉強会でもある。
                            【了】

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