A030-登山家

いいぞ、いいぞ、白馬岳=2932m (下)

 山の朝だ。快晴だ。

 さあ、登攀(とうはん)準備だ。

「まず写真だよな。山は逃げないよ」

「洒落たことをいうんだな」



山頂はどこかな。

「山小屋からすぐだ。そこに見えるだろう」

「地図の山頂ですよ」



 おい、おい登るぞ。

 カメラを提げて、観光気分か。

 ザックを担げよ。


 歩けば、すぐそこに白馬山頂があった。

 苦労がないと、みな笑顔だな。

 人間が正直すぎるのが、傷だ。


「巧くとってくれよ」

「カメラに聞いてよ。シャッターが落ちないんだ」

「かっこつけて、高いカメラを持ってくるから、扱いがわからないんだよ」

「バッテリーがなくなったみたい」

「そんなことだろうと思ったよ」


 白馬山頂から、稜線のアップ・ダウンが連続するぞ。

 心してかかれよ。

「来年はどこにしますか」

「白馬岳より厳しい、剣岳だ。後ろに聳えているだろう」

「沈黙……」

 白馬よ、また来る日まで。さようなら。

「その前に、人生にサヨナラするな。そんなデリケートな人間じゃないな。このパーティーは」

 やせ尾根の道だ。

 右手を覗き込むな。断崖絶壁だぞ。

 好奇心が強すぎて、落ちたら、確実に死ぬぞ。

「覗けと言われても、のぞきませんよ」


 あっ、見えたぞ。白馬大池だ。

 2時間半の稜線の苦労が、すっ飛ぶな。

「感動するな」

「そのカメラ、バッテリーが入ってないんじゃないか」

「撮ってる、ふりですよ。心に写していますから」

「うまいこというな」



 白馬大池への下りなのに、集合写真となると、登りのかっこうか。

 こういう要領のよい生き方は、生まれつきか。

 まあ、いいことだよ、生きる知恵として。

 

 森林地帯の厳しい下り道だ。

 膝が笑うって。当然だ。

 日頃、足を鍛えていないんだから。


 地図だと、白馬大池から1時間で、「天狗ノ庭」に着くのにな。

 もう1時間半だ。通り過ごしたのかな。

 地図が間違っているのかな。

「脚力の弱さを棚に上げて、地図のせいにしているな」

 もっと下だよ、「天狗ノ庭」は

 森林地帯が切れると、霧と花畑だ。

 お花には誰も見向きもしない。
 
 まあ、仕方ないか、花の名前すらわからないのだから。



 山小屋に着いたぞ。

 笑顔はないし。苦労した顔だな。


「蓮華温泉の露天風呂は、いいなあ」

 

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