A010-ジャーナリスト

一粒の米に、人生の情熱を込める (下) =埼玉県・幸手市

 日本人が主食とする「米の美味しさ」、つまり食味値は粘り、風味、糖度、そして水分によって総合判定がなされる。

 従来は品質の判定は、人間の勘で決められていた。「新潟・魚沼産コシヒカリ」、「宮城ササニシキ」という銘柄だけで売れた時代だった。消費者も銘柄米に頼り切った決め方だった。

 日本酒はかつて特急酒、1級酒、2級酒という決め方だった。いまや2級酒だった地方銘柄が、地酒ブームで、高価でも、もてはやされている。呑む人の品質、美味しさで、銘柄が決められる時代だ。

 現在、米は科学的な成分分析ができる。国際基準も作られている。個別農家ごとに品質測定ができる。その意味で、「地酒ブーム」と同様に、「米の田家(でんか)ブーム」が到来するだろう。
 工業製品の電化ブームはバブルがはじけても、品質勝負で、外国産の安かろうに対抗し、商品開発を推し進めて、国民の間に信頼度を高め、家電の国産志向を生み出した。

 工業製品、日本酒と同様に、「米の田家ブーム」の到来も当然、やってくるだろう。農家はそれを視野に入れておくべきだ。先駆けになるには、早くから無農薬に取り組んでおく必要もある。一度、田んぼに雑草取りで農薬を入れてしまえば、もう後手、後手になってくるからだ。

 遅かれ早かれ、米の自由化はいずれやってくると思われる。安価を追求するがゆえに、農薬などで手間をかけず、肥料も細く、「不味かろう」それではだめだ。
 国産米だから買ってくれる、という甘い考えは通用しない。国民の多くは、「安かろう、たっぷり農薬の米」など、本心は買いたくないのだ。ここらは農家、JAなどはニーズをしっかり読みとっておく必要がある。

 品質分析をした米が輸入されたら、どう太刀打ちするのか。米の銘柄よりも、分析結果の表示が独り歩きするおそれだってある。

「人間は考える葦です。良い米を追求する、それを生きがいにしています。手をかければ、美味しいお米がまちがいなく作れる」
 幸手市の松田光男さんは明瞭に言い切った。ここ数年は漸次、食味値の数値を伸ばしつづけてきた。昨年度は、第25回国際大会(米・食味分析鑑定コンクール)で、食味値87点を収得し、上位にランクされている。

 今年の秋、あるいは来年には念願の「食味値90」を達成したいと、強い意欲で取り組んでいる。特に、お米の一粒ずつにたいする愛情、熱意、熱気が感じられる。

 耕作方法にこだわれば、費用がかかるし、人間の手も必要だ。大変な時間を取られる。いちど食味値90が達成すれば、それに続くことは容易だろう。なぜならば、達成した技術は維持できるからだ。

「不可能ではないが、至難の業ですよ」
 ともに手伝う須藤泰規さん(73)は、そういう。
「夫は突っ走るタイプですからね、やり遂げたいでしょうね」
 妻のひとみさんも、可能ならば、達成してほしいと願う。

 どんな取り組みがなされているのか。
「この先は企業秘密だけどな」
 松田さんはちゅうちょしていた。
 子育てをする母親は、食の安全性には敏感だ。田地を見学に来た臼谷さん(30代)に聞いても、どうすれば、無農薬でおいしい米が買えるか、関心事のひとつです。もっと普及してほしいと話す。

 ほかの農家が真似して技術力をもてば、農家全体の底上げになるし、技術向上の先鞭になる。「米の田家ブーム」のためにもなるし。松田さんはそう認識したうえで、自分がもっと上を行けばいいんだから、と耕作方法を公開してくれた。

 品種はコシヒカリ。収穫後の晩秋には、まず米ぬかと有機肥料を入れて耕しておく。年が変わった、春には温とう消毒をしたうえで、稲をハウスで栽培する。
 そして田に水を張り、田植え機で苗を植える。人手で、補植する。ここから、美味しさを徹底的に追求するコツとして肥料にこだわる。

 追肥として、豆と動物の肉を粉砕した有機肥料を入れる。さらなる追肥には糖蜜とサンメイト(マグネシウム・微量素)を入れる。このように稲穂の発育に応じて、4種の肥料を4回入れていく。(一般農家は1回だけである)

「米は採算ではない。一粒ずつ良いものを作る。その信念を私は自分に求めています。人間は生きているうちでしょ。日々、改良しなければだめだ、と自分にいい聞かせています」
 その言葉には先駆者の精神がある。

 収穫された米は高い糖度で甘みがあり、粘りがあり、美味しい。販路はほとんど個人相手だという。口コミで広がっているので、瞬く間に、売り切れてしまうようだ。

「作物は可愛がらないとダメ、話しかけながら育てれば、よく育つ」
 そう語る元サラリーマンの須藤さんには、松田夫婦の印象を訊いてみた。
「誠実な夫婦ですよ。気配り、心配り、目配りができる。人の良い処にひとが集まる」
 誠実に一粒の米をつくる熱意が、周りに伝わり、松田家には大勢が体験や手伝いに集まってくる。小学生もくれば、見学者も来る。
 それぞれが農業を体験して、あるいは見て楽しんでいる。そして、納得している。 こんかいの取材で感じたのは、松田さんには洞察力と研究心など総合的な強さがあるようだ。
                  【了】


【関連情報】

松田光男さん:〒340-0145 埼玉県幸手市平須賀2-120
         ☎ 048-048-0184

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