A010-ジャーナリスト

一粒の米に、人生の情熱を込める (中) =埼玉県・幸手市

 私たちがふつうに食している米は、農薬を使っているし、一毛作で肥料は1回のみだ。こうした消費者が購入する米の価格は、数十年前に比べても、安価になっている。農家はこのさきTPP(環太平洋パートナーシップ協定)で海外の農作物が自由化、あるいは関税の引き下げになれば、さらなる競争激化となり、低価格化へのプレッシャーは必然だと危機感を持っている。

 日本人はいまやグルメ志向であり、食生活も多様化し、「安かろう不味かろう」にはソッポを向き始めている。美味しいコメを求めている。しかし、農業は今後の外国との競争をにらみ、低価格にたいする危機感を声高に言う。ここに消費者とのギャップが生れている。

 日本人の米のこだわりは独特である。大家族の時代ならば、大量に安い米を必要としていた。現在は核家族だから、1家族2-4人が平均だ。高級車に乗りたい人はたくさんいるように、少量でおいしい米を食べたいのだ。「安さよりも、美味しさ」が求められている。

 国際競争がいくら厳しくても、品種や銘柄、味覚を選択するのは消費者である。とくに米に関して言えば、低価格=品質の劣化は望んでいない。
 しかし、米店、スーパーなどで購入する米は、過去からブレンド騒ぎを起こし、古米の混入など、いま一つ信頼度に欠ける。地域銘柄で買っても、その都度、どこか味が違う。まずは信頼度を取り戻すことである。

 たとえば、JA単位の表示でなく、5kg、10kgの米袋には、農家の顔写真、家族写真を張って出荷する。そうした耕作責任など導入すれば、輸入品にも太刀打ちができる道が作れるだろう。

 つまり、全農家が生き残る発想でなく、品質競争に打ち勝ったところが、高品質=高価格の米で生き残る道をつくることだ。

 全国を見渡せば、良質な米栽培に取り組み、世界大会の上位志向の農家はある。収穫したコメの分析から、さらに上質なものを目指し、肥料を研究し、高コストでも、美味しいコメをつくろうとチャレンジしている。
「ありきたりの米は作りたくない」
 幸手市の松田光男さんは公務員の退職後、農家の跡をついでいる。
「私の作った良質のコメ(食味値87)を、有名な料亭が買い求めてくれました。ところが安い米とブレンドして炊いていると知り、その料亭には売っていません」
 こうした品質に対する自信とブライドが大切だ。

「雑草駆除の農薬はいっさい使いません。他所(よそ)の農薬飛散からも守るために、隔離した水田で米を作っています。いちど農薬を散布すれば、翌年度からは、もう無農薬の米だとは言えません」
 無農薬と一言でいうが、容易ではないようだ。真夏の太陽が容赦なく照りつける炎天下で、水田に入り、雑草を取る。蛭(ひる)もいれば、蛇もいる。直射日光と流れる汗との格闘だ。

 須藤泰規さん(73)は、大手企業をリタイアした後、米作りに加わっている。田植えから雑草取り、収穫まで参加している。
「松田さんの高品質の米作りのこだわりが好きです。収穫期には労働の対価として、美味しい米が貰えますし、収穫の喜びがうれしくて、きびしい雑草取りにも、精が出ます」
 雑草取りの期間は5月20日~7月上旬で、1か所の田圃(たんぼ)にそれぞれ3度入る、と話す。
「稲が実ると、両手でかき分けて、泳ぎをするように進むのです」
「稲が育ってくると、須藤さんの姿が見えず、倒れているのではないか、と心配していると、ふいと頭が見えるんです」
 松田さんがユーモアたっぷりに語る。

「ここの家族はみんなが良く手伝ってます。それは感心です」
 須藤さんの視線が、庭のバーベキューに流れた。

 5月の連休のさなかでもあり、長男の松田裕之さん(32)の職場(介護職)仲間3人が、田植えを手伝いにきていた。ちょうど昼食時で、バーベキューのパーティのさなかだった。それぞれに農作業の感想を聞いてみた。
「裸足で田んぼに入る前、内心、汚いな、と思いました。でも、これをやらないとお米ができない、と自分に言い聞かせました」
 高橋祥平さん(26)が話す。田植え機で、まず苗が植えつけられる。田圃の角や、植え洩れ場所は手で補植する。それらの手作業です、とつけ加えた。
「きょうは朝9時から来ました。ひと苗ごとにていねいに植えると、いい汗です。夕方4時頃まで、田植えをします」
 木村祐樹さん(28)が、塩おにぎりを頬張りながら語っていた。

「この農家の方、近所から手伝いに来てくれた方、みなさんにはとても暖かみを感じます。生れてから農家・農作業には縁がなかっただけに、新鮮な気持ちです」
 茂呂ひとみさん(24)がトングで牛肉、豚肉などを網に乗せていた。焼き上がると、まわりに勧める。農家の庭が楽しく、にぎやかだ。
 高齢化、過疎化の農家のイメージとはまるで逆だ。若さに満ち溢れている。

「ひとみ。~」
 松田さんが呼びかけると、2か所から返事があった。
「呼び捨てにして悪かった。女房もおなじ名前なんだ」
 松田さんは詫びて苦笑していた。

 妻のひとみさんは、山口県・萩の出身で、東京に出てきて、学生時代に知り合って結婚した。幸手にきた時の第一印象は、四方がすべて田んぼで、青い空ばかり。故郷の萩は後ろが山で、目の前が海です。まったく違った風景でした、と語る。
「水田が太陽で光ると、海の輝きと似ていました。月光、沈む太陽が田の水面に映る」
 稲穂が伸びる前の、水田の情景がいまでも大好きですと語る。

 妻のひとみさんが、農業に熱を入れた理由を語ってくれた。
「乾燥機がわが家になく、他にお願いしていました。そこから戻ってきた米が、まずい古米でした。何かの間違いで混ざったにしろ、米作りはすべて自分の手でやらなければ、ダメと知りました。この先、水稲をしっかり作っても、結果として美味しいお米を信頼している人に届けられないので……」
 そこで長年勤務した退職金で、農機具を買った。夫も退職後に農家専業になり、ともに米作りに精を出す、と話す。夫婦して、信頼を最も大切にしていた。

 松田さんには、高品質の米作りで、具体的にどんな工夫がなされているのか、それを訊くことにした。

                                              【つづく】
 


【関連情報】

松田光男さん:〒340-0145 埼玉県幸手市平須賀2-120
         ☎ 048-048-0184

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