A010-ジャーナリスト

一粒の米に、人生の情熱を込める (上) =埼玉県・幸手市

 松田光男さん(65)は、埼玉県・幸手市で、「完全無農薬」の米(水稲)を作っている。国際大会(米・食味分析鑑定コンクール)で、ここ数年間は上位にランクされている。埼玉県でも1、2を争う存在だ。松田さんはどんな取り組みや創意工夫をおこなっているのか。

 現在、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)が国内外の最大の話題の一つだ。その進展によっては、日本の農家、日本人の食生活おおきく関わり合う。農家の方向性を探るためにも、5月2日(金)には、幸手市の松田さんを訪ねた。市街地から4-5キロ離れた、見渡す周囲は水平線すらを感じさせる、広々した田園地帯だった。

 近くには利根川が流れており、過去から上質で豊富な水に満たされた農業地帯だ。畦で区切られた田圃は、いまの季節はちょうど水が張られたり、田植えの最中だったり、まだ乾燥したままだったり、それぞれ違った顔をしていた。
 松田さんは飛び地で、いくつか田圃(たんぼ)を持ち、それぞれ工夫や研究を行っている、と聞いた。

 大きな構えの松田宅に到着したとき、十数人の児童たちが農業体験学習に来ていた。松実高等学園(まつみこうとうがくえん・春日部市)の初等部の生徒たち12人で、田植えの体験と玉ねぎの収穫実習だった。そちらを先に取材させてもらった。

 同校は6年前に開校している。何らかの理由で在籍小学校に通えない児童たちが通う。遠くは横浜から3時間もかけて通学する。同校に入ると、児童は学校生活を溌剌(はつらつ)と楽しみ、みな皆勤賞だ。
 今年の4月をみれば、8割が皆勤賞で、2割はちょっとした休みだった。(松井寛校長・写真・左の談)。 学校方針、指導者の役割が、いかに子供の成長にとって重要かと知らされた。

 児童たちに、農業体験の感想を聞くと、男女問わず、だれもが明るくはきはきと楽しげに答えてくれた。
「田のなかにバシャバシャ入り、楽しかった。苗をまっすぐ立てて植えました。目の前に、カエルが泳いでいたから、指でつかまえたよ」(小6・ヒカルくん)

 女子児童は、一生懸命田植えをやったから、いささか腰が痛くなったという。一方で、畑で収穫したタマネギをわが家に持ち帰る喜びを語っていた。
 なにを作ってもらうのかな、と質問してみた。だれもが料理は母親任せだが、大半はみそ汁を作ってもらう、と話す。新鮮だから、美味しいはずと、期待する。
「タマネギで、ハンバーグを作ってもらう」(コモヤくん・小5)
 タマネギ(ネギ科)は包丁で刻んで、ひき肉と混ぜ合わせて楕円の形状につくると言い、手まねしてくれた。少年は母親の手伝いをしているのか、いつもそばで料理を見ているのか、手真似からして上手だな、と感心させられた。

        (田植えの実習に励む小学生たち: 松実高等学園・写真提供)


 午後一時に農業体験が終了だ。松田さんが挨拶してから、教員の葛貫(くずぬき)庸子さんが、最後に話す。
「この体験で、皆さんが感じたように、作物は日々大きく育っていきます。皆さんも大きく育ってください」
 葛貫さんは松田さんの長女である。臨床発達心理士、学校心理士である。児童が個として自信をつけさせる、コミュニケーション力の発達を高める、こうしたカリキュラムに力点を置いた指導をしている。

 児童にとって学校とはなにか。なにを切望するか。
 小学校には楽しく通える。友だちがたくさん作れる。教師と心が通う。それを最も望む。きょうみた児童の顔から、同校ではそれがしっかり成されていると読み取れた。教諭にもその自信が満ちていた。

「ジャーナリスト」トップへ戻る