A010-ジャーナリスト

年末・新年を歩く①盛衰=賑わう築地と、客足が鈍い葛飾立石

 2012はどんな年だったのだろうか。新たな出会いがあったり、愛する人を失ったり。人それぞれ、悲喜こもごもだろう。大きな喜び、あるいは悲しみに遭遇した人もいる。
 多くの人は来年に期待する。と同時に、年の区切りは、気持ちを入れ替えさせてくれるものだ。

 東京の「年の瀬」の歳時記として、築地魚市場に足を運んでみた。12月30日(日)は朝から雨だったにもかかわらず、例年通り、大勢の買い物客でにぎわう。

 築地は、年末の集客力において抜群の力がある。

 なぜ築地なのか。御徒町のアメ横もあるではないか。

 東京・築地市場は全国から魚が集まる。たとえば、釧路に水揚げされた魚が、築地に運ばれて、セリにかけられて、仲買人を通して、北海道に送られる。そして、釧路の店頭に並ぶ。
 これが日本の流通システムだ。

 だから、築地は特別に鮮度がよい。そこらは消費者の目が肥えている。

 一般に築地に買い物に行こう、と誘われたから、「築地場外市場」のことを指す。雨の中でも、鮮度が優先だ。


 築地魚市場にはセリをする「場内市場」がある。こちらでも、最近は小売りを始めている。日曜日はセリがないから、年末でも思いのほか閑散としていた


 東京都築地魚市場には、「場内市場」と、「場外市場」がある。さらには東銀座へ向かう歩道にも、一般客を相手にした店舗がならぶ。魚以外にも、お茶とか、卵焼きとか、カマボコとか、諸々の専門店がある。
 傘が満足にさせないほど人通りがあった。


 年末の築地はにぎわうが、30日の雨の銀座は人出がことのほか少なかった。通行人の傘の数もふだんの半減だ。楽に歩ける。
 東京住まいの多くは帰省したり、海外に出かけたり、あるいは家で大掃除なのか。銀座に出向く、そんな日ではなさそうだ。

 日本人が少ないだけ、通行する外国人がやたら目立っていた。

 東京・葛飾立石の仲見世通り。大みそか商戦は年間の最大のイベントである。十数年前まで、年末の仲見世は買い物客でごった返し、満足に人が通れないほどだった。
 いまは楽々と通行ができる。

「最近はTVや雑誌、ネットで盛り上がる、立石人気ですが、どうですか」
 惣菜屋の店主に訪ねてみた。
「酒場・居酒屋の立石イメージが強くなった。取材も多いし、遠くから人は来る。だけど、夜の客だし、惣菜まで買って帰らないね。往年の総菜屋・人気は盛り返さないね」
 と嘆いていた。

 立石仲見世は、かつて働く人が手軽に、家庭料理を買って帰れる、手作り店舗がずらっと並んでいた。葛飾区内最高の惣菜街だった。
「モツ煮、てんぷら、煮物、焼き魚、手作り豆腐、豆類、つくだ煮……」
 昼前から夕方まで惣菜を売る。

 最近は夕方になると、酒を出す。おいしい惣菜に酒を提供するうえ、安い。それが立石人気となった。

「ただ、惣菜一本の店は悪戦苦闘しているよ。遠くから来た人が酒だけでなく、歩きながら食べられる、惣菜を開発しなければね」
 と前向きな姿勢は失っていなかった。


 下町っ子はよく働く。家族全員で、年越しそばを売り込む。
「縁起物の年越しそばは如何ですか」
 大通りの反対側でも、その声が響く。



 立石大通りから、脇道に入った、隠れた人気店・そば屋の前では、行列ができていた。
「店員さん出てこないのかしら」
「お金を置いて行く?」
「きっと店内で食べている人が多いから、忙しくて、売る方に手が回らないのよ」
「もうちょっと待ってみよう」
 そんな下町の奥さんたちの会話が、大みそかの忙しさのなかで愉快に思えた。


「うちのような小さな雑貨屋には、大みそかでも、客がこないね」
 女性店主は、空しく仰いでいた。
 大手スーパーに根こそぎ客を取られて、通行人すらいない時間帯がある。

 これだと、後継者問題は深刻だと思う。
「おばちゃん、頑張って、来年も店を開けてね」
「そういう、あんた。買に来てよ」


下町では、お年賀に手作りの人形焼やお煎餅を持って、近所に挨拶に行く。店では作れる量が決まっている。だから、職人は夕方遅くまでも、明日に備えて、がんばっている。

 立石仲見世は、ここ数年、一般から募集した、凧(たこ)をアーケード街に吊るす。金、銀、銅などという優劣はつけないで、個々の店が賞を出している。

 正月の先取りができる企画である。


 近くの大手スーパーは、大みそかに限って夜21時が閉店だ。元旦は休業である。閉店前30分j前に足を運んでみた。売場はものの見事に、刺身も、ステーキも、おせちもない。見えるのは棚板だけだ。お客もほとんどいない。
「閉店の1時間半ほど前に半額にして、全部売りました」
 店員に言われて、よく見てみると、お雑煮用の鶏肉すらもなかった。

 私は料理がまったくできない。別段、困ることもないし。そう思いながら、来年のポケット手帳を一冊買ってから店を後にした。


 除夜の鐘まで、あと3時間だった。

 本奥戸橋を渡る人は誰もいなかった。TVの紅白歌合戦をみているのだろうか。一級河川の中川には満月が煌々と川面に映っていた。
 川風は冷たいけれど、ダウンコートを着ているので、
「いまどき、月を見ている人も少ないだろうな。2013年はどんな年になるのだろうか」
 という想いで、しばらく見入っていた。

 
 

「ジャーナリスト」トップへ戻る