A065-東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(093 風見鶏)

 屋根の上に立つ「ぼく」は風向計の風見鶏なんだ。ある人は「ぼく」のことを魔除けだという。別の人は、いつも前向きで雄雄しい姿だと誉めてくれる。

 なかには口の悪いのがいる。「ぼく」のことを優柔不断だ、下町の日和見主義だと陰口を叩くんだ。決して、そんな弱い鶏じゃないぞ。

 春の嵐が砂塵を巻き上げても、「ぼく」は強い風に立ち向かっている。真夏は暑い南風だ。直射日光で、屋根が焼けても、汗だくでじっと耐えている。それは半端な我慢じゃない。優柔不断な鶏じゃないぞ。
 秋の台風はもう死に物狂いで、暴風雨との闘いだ。台風が過ぎた後の夜とか、秋の十五夜などはとてもいい情緒の月景色になるなんだ。
 冬は冷たい木枯らしだ。それでも、「ぼく」はぜったい北風から顔をそらさない。日和見主義じゃないと、胸を張った姿をみせているんだ。

 晴れた穏やかな日は、東京下町の遠景が楽しめるから、紹介しておくね。

 春は東風だから、風上には筑波山だ。関東平野のなかに突出した単独峰だから一目でわかる。双耳峰だから、かたちはとても好いんだ。
 夏は南風だから、「ぼく」の顔はたいがい東京湾を眺めている。大型タンカーや豪華客船が航行している。小型船が行き来している。よく衝突しないね。
 秋は西風だから、丹沢山塊のうえに富士山が屹立する。勇ましさとやさしさがあるね。雨上がりは、それこそばっちり富士山が見える。
 冬は北風だから、「ぼく」は奥多摩や秩父の連山を見ていることが多い。時々、雪化粧しているよ。

 「ぼく」は風見鶏として、下町の四季の風を感じているんだ。

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