A065-東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(076 夜の川)

 夏の夜は橋の上で、涼味を取る。団扇も扇子も要らない、心地よい風が吹き抜けていく橋の欄干に顎をつけて、川面の光の戯れを眺める。情感あふれるものがある。

 夜の川にはなぜか深遠な世界がある。黒く磨かれた川面に、総合グランドの強い光の柱が伸びてくる。さざ波と戯れているのだろう、反射光が神秘に艶かしく揺れる。

 闇色の土手では、子どもらが花火遊びする。突如として、小さな閃光がしゅるる、シュルルと夜空に向かう。ぱっと炸裂し、川面で花咲いて消える。しばらく間合いがあった。赤い火花の花火がまたしてもシュルル、しゅるる、と勢い上昇する。パンーんと闇夜のなかでひびく。花の文様が川面に映る。一瞬の開花だった。

 橋下からふいに運搬船が現れた。甲板には船頭がひとり立つ。川船は低速だが、力強いエンジン音を響かせ、懸命に重い積み荷を運ぶ。東京湾のどこか船着場に行くのだろうか。赤と青の船灯が下流に向けてだんだん細くなる。

 モーターボートの船灯が上ってきた。こちらの甲板には6、7人の若者が乗っていた。おおかた台場の花火でも観た、納涼帰りだろう。勢いよく橋の下を潜った。

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