A065-東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(060  愛犬)

夕暮れ前になると、犬を連れたひとが下町の河岸を散歩する。むかしも、いまも変わらない。でも、何かが変わってきている。


 かつて犬の散歩は男性が多かった。女性の姿となると、父親に連れられた少女たちだった。主婦は夕飯の仕度とか、大勢の子どもの洗濯とかで、とても犬まで手が回らなかった。余裕がなかった。

 このごろは核家族で、なおかつ一人っ子の時代だから、婦人が犬を散歩させる姿が目立つ。

 犬の種類も変化してきた。戦後の一時期はほとんどが雑種だった。残飯を与えて育つ番犬が主流だった。勇ましい犬、大型犬が好まれた。

TV時代になると、外国のTV映画に出てくるシェパードがもてはやされた。警察犬にも登用された。散歩するひとたちの間では、シェパードが自慢の種だった。

 近頃は大型犬が土手から消えた。座敷で飼うような、胴長で小さな犬が風靡してきた。尻尾はなくても、血統書付きならば、持てはやされる。みるからに犬のファッション・ショーだ。「●○ちゃん、かわいいわね」と、たがいに褒めあう。
 可愛さがすべてを象徴する。愛らしさが、言葉にしない暗黙の評価になる。

 下町女性はふだんの顔、素顔で買物にいく。化粧と服装にはさして気を使わない。
 しかし、犬を散歩させるとなると、それは違ってくる。犬に合わせたファッショナブルな姿でないと、土手の散歩仲間の前に出ると、恥ずかしくて、妙に引け目を感じてしまう。だから、念入りに化粧をする。

(きょうは洋服と頭髪は決まったわ)
 内心は、散歩させる愛犬よりも「私」を観て誉めてほしいのだけれど。

「東京下町の情緒100景」トップへ戻る