A065-東京下町の情緒100景

東京下町の情緒100景(039 洋品屋)

 洋品屋の店構えは、全景が額縁におさまった絵画だ。
 空間の奥行き、立体感、遠近感、どこからも申し分がない。衣料品がバランス良くならぶ、奥の突き当りには風格のある旦那が座る。
 絵画のなかのモナリザの姿に似る。

 

 中近東、インド、メキシコには類似の店があった。狭い空間が武器で、上手に洋品を演出する。左右にも、天井にも、店頭にもボリューム感たっぷり、迫力がある。洋品屋の知恵は万国共通のようだ。


 ここには戦後史の面影がある。30年代、40年代。膝や袖が破れた服を着ていた、物不足の貧しい時代があった。庶民は皆そんな格好だったから、恥ずかしくはなかった。
外出着の一つもろくに買えなかった。洋品屋にならぶ、新品の光る服が憧れのまとだった。羨ましく眺めていたものだ。


 売り方はいつの時代も変わらない。旦那は売込みの声をかけない。洋品を求める客がくれば、声をかけてくるからだ。下手なお世辞も言わない。
 客の相談には乗る。衣料小物、靴下、下着。繊維の生地から知り尽くすから、着心地や履き心地の助言には自信がある。間違ったものは勧めない。


 「あんたには、これが似合う」
心からの一言が客を喜ばす。
 物は豊富な時代だけど、こんな店がほしかった。

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