東京下町の情緒100景(まつり 010)
更新日:2006年09月13日
まつりといえば、幼いごろの故郷の社が思い出される。昭和40年代からの高度成長期には、まつりは下火になった。神輿(みこし)の担ぎ手がいないことが理由だ。
日本全体が猛烈に経済一辺倒になった。勤め人がまつりの行事に参加できなくなってしまった。同時に、地域との連帯感がなくなった。消えていったまつりは多い。
東京下町では、有志が細々と伝統的なまつりを残してきた。
平成時代になってから、各地でまつりが復活してきた。
明治時代の廃仏毀釈でも、神社の被害がなかったのだから、伝統的な由緒ある神輿をもつところが多い。神輿さえあれば、まつりの復活には、そう手間がかからなかった。
近頃は、若者が法被を着て、金張りの派手なみこしを担ぐ光景をよく見かける。法被が格好よく映るのだろう、祭りを求める小集団が電車で四方の神社に出向く。そんな光景も多くなってきた。
太鼓をたたく20代、30代のグループが各地で誕生してきた。神社の境内の櫓のうえで、女性が両手で撥をたたく。これらは見ごたえがある。
男尊女卑の時代は、神社の櫓のうえに女性が上ることはご法度だった。しかし、一度は衰退したまつりだ。復活にそんな条件を持ち出せば、そっぽを向かれてしまう。男のみ女のみ行事はとかく衰退する。この世の常。
男が女の目を意識し、女が男の目を意識する。それが人間の性だから。男尊を撤廃してしかるべきだ。神社側はもはや暗黙の了解、まつりの継続に傾注しているのだろう。
きょうも、秋祭りで、女性が太鼓をたたく。
