【孔雀船104号 詩】 花崖 紫 圭子
花崖
紫 圭子
...エミリ・ブロンテ205歳の誕生日に
波 風の波
エミリ・ジェイン・ブロンテの
髪のうねりが荒野を埋めつくす日
ひとすじ ひとすじ
濃い栗色の反射鏡となった髪は
205年分の光波を独りの崖に映しだす
からだを回転軸にして
くるっ くるっとまわると髪はねじり棒みたいに巻きついて
爪先から螺旋状にひろがって荒野を這う
205年のびつづけた髪のしなやかな波動
毛先は産声をあげて もう 地から芽をだすころだ
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エミリ
わたしの内なる眼は
この時空を裏返して光波となったあなたをまさぐる
何者をも見逃しはしない炎の眼で
あなたのほそい首から乳房の先へ
やわらかな腹から
血の匂いのする陰部へ
髪は巻きついて栗色の人崖となる
地中の深みへ突き刺さったエミリの髪
地中こそ天空を映す鏡
雲なき空の深みを
水なき地の深みをすすむとき
水分が時間の微粒子であったことを思い知るだろう
魂は水分を渡りきったところから照ってくるだろう
なぜなら たいせつなものは水分にまもられているから
そうして 水分を超えたところに存在するからだ
この肉体の脳も
水に浮かぶ島
周囲を水にまもられて
水を超えたところで光る太陽だ
いつか陽の照らなくなった脳の入江に
わたしたちが時間と呼んだあのなつかしい角質が剥がれていくのを
光波は感知するだろう
そのとき
髪ののびる速度が
肉体時間であることに気づくのだ
肉体の時間がどれだけ進んだのか
髪は見える速度で表現する
切られた髪 切られた爪
の行き着く場所を封印して
わたしたちは涼しげに記憶と呼んだ
ほんとうは火傷するほど熱いのに...
死んだエミリの記憶の断片 髪
切られたエミリの髪
エミリの いのちを
そっと 極細の三つ編みにして
極細のネックレスにして
姉シャーロットが首に巻いたとき
エミリの時間が燃えてシャーロットの喉を締め付けた
循環するネックレス
栗色の
火を吐くキャサリンの分身よ
あの日
S美術館の
展示ケースに入れられた髪
シャーロット・ブロンテが編んだヘアー・ネックレス
が突然わたしの首に巻きついてきた
若かったわたし
喉を焼いた
うれしくって
夢中で叫んだ
〈エミリ!〉
〈ケースにさわるな!〉
警備員のマッドドック
狂犬
男にむかって
エミリが
光波のひきがねを引く
ケースは
粉々に砕けて
捥がれた時間
がとび散った
2023年7月30日
205歳の夏
エミリの髪は
わたしの時間崖に逆巻いて
ヒース咲く
荒野の崖(クリフ) になる
*エミリ・ブロンテ(1818~1848)
小説『嵐が丘』と、193編の詩を残した。
【関連情報】
孔雀船は104号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳
〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738
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イラスト:ウィキペディア(Wikipedia) 「兄のブランウェルが描いたブロンテ姉妹の肖像画の中のエミリー・ブロンテ」より
