A040-寄稿・みんなの作品

【孔雀船102号 詩】  あべこべ草紙 ――師・安西均さんの思い出に 望月苑巳

春はあけぼの、などとうっかり間違って書いた

その人は

頭を掻きながらぺろりと舌を出した。

東山のあけぼのは初夏に限る

たわけごとのせいか

眠気は待ってくれないので困ると言う。


氷菓子をくわえて

浜千鳥が揺れる小旗をくぐって

浴衣の少女がふたり

浴衣の少女.jpgねえ、今日はブランコに乗ろうよ

あの公園には嫌な奴がいるから行きたくないわ

そんな会話をなめあう。

緩い風がさらっていく

杜若が小さな池で自己主張をしている

蝸牛はのっそりと葉脈の道をなぞる

空にはセスナ機が旋回して 女の聲を散布してゐる*1

サッカーボールを抱えた少年が通りかかって

宿題はもうすんだのかいというと

少女たちはアッカンベーをした

ボールを当てるふりをして

少年は先生に言いつけてやろうと捨てゼリフ

向日葵が花火のように咲いて

子どもたちが砂場で相撲をとっている

盆踊りの会場は出来上がったばかりだ

蝉の声で埋め尽くされる東山が

足の長い午後をかくす。


あべこべだった方がいい場合だってあると

賢者は言った

噂によればあれは「夏はあけぼの」と書いたつもりだったのに

道長さまが声をかけてきたので手が滑ったのだという

枕草子を枕にじっとりと汗をかきながら昼寝

眠る進化論の夏もよかろう

どこですり替わったのかのかは謎だが

戦争の見える青春といふ展望臺で*2

子どもらは無邪気に遊んでいるのがせめてもの幸せ。


    *


その人は月の輪で寂しく亡くなったと人づてに聞いた。

   (*1)安西均「奈良公園」から。(*2)安西均「寂光院」から。

    *清少納言は京都郊外の月の輪というところで没した


あべこべ草紙 望月.PDF 縦書き

【関連情報】
 孔雀船は102号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
  発行所 孔雀船詩社編集室
  発行責任者:望月苑巳

 〒185-0031
  東京都国分寺市富士本1-11-40
  TEL&FAX 042(577)0738
  メール teikakyou@jcom.home.ne.jp


イラスト:Googleイラスト・フリーより

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