A040-寄稿・みんなの作品

【孔雀船101号 詩】 少年の朝(連作)八木幹夫

もう、そこには戻ることはできないけれど
朝 めざめるたびにわたしは旅にでる

ラシード君のいた夏

早朝午前四時
しずかに家を抜け出す
車には釣り道具一式
仕掛け針
道糸と 0・3号の糸
昨夜握ったにぎりめし 水筒
車の中で反芻する必要なもの
バックミラー.jpeg後ろの座席をミラーで見ると
ラシード君が座っている
アメリカに帰ったんじゃないのか
どうしてまだ日本にいるんだい
ラシード君は笑ったままだ
大きな鮎を釣りに行くんだ
ラシード君は
わたしから離れない
アフリカ系アメリカ人と
結婚してDCで暮らす末娘の息子は
昨年の夏
コロナ禍の心配を押し切って
日本にやってきた
来るたびに
興味関心は変化する
アメリカ人プロレスラーのフィギャー
両生類、トカゲ、カメレオン
海の生き物、ハンマーシャーク
ドルフィン
そして今日は
フィッシング
夢のような
活きのいい大物を
あのエメラルドグリーンの水から
引き抜くんだ
ラシード 
ついておいで
眠るなよ

太古の位置

太古
わたしは
女で
たくさんの子を産んだ
その子たちも
たくさんの子を産んだ
その子もたくさんの子を産んだ

人種はまじりあって
平和だった
ひとはひとを殺すことはなかった
夕暮れに肩を並べて
いつまでも見ていた海
海辺では海の向うから
やってくるものを
手をつないで待っていた
流木をあつめて火をおこし
輪になって踊った
火を見つめていると
心が穏やかになった
わたしたちは洞窟にかえり
腰をゆるやかに動かし
愛する人にふかく愛された
海から押し寄せてくるものを
繰り返し受け入れるように

霧のたちこめる朝
子供になって
わたしは帰ってくる
父さん
母さんの
眠っている枕元へ
小さな庭の
アカバナサヤエンドウの
赤紫の花がいくつも
揺れて 濡れて
夜露にひかる
少年時代の朝よ
駆け足で太陽に
礼をいおう
ありがとう
街が遠い外国のように
幻想的だ
霧よ
ふかくたちこめよ

ナマズ

そこにいる
その草陰に
へどろを足で押し上げて
ふちに追い込む
そっちに逃げた
従弟(いとこ)は
大物だと叫んだ
鬚のある巨大な生きものが
どさっと畦道に
放り出された
どこかで
雲雀の声が聞こえた
堰き止めた用水路の
草束をはずすと
水は勢いよく
青い稲穂の田圃に
流れ込んでいった
空は明るかった


【関連情報】

 孔雀船は101号の記念号となりました。1971年創刊です。
「孔雀船」頒価700円
  発行所 孔雀船詩社編集室
  発行責任者:望月苑巳
 〒185-0031
  東京都国分寺市富士本1-11-40
  TEL&FAX 042(577)0738

イラスト:Googleイラスト・フリーより

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