【孔雀船100号 詩】 砥ぐ 中井ひさ子
更新日:2022年8月29日
川沿いのアパートの窓は
冬でも簾をかけたままだ
日暮れがまっすぐ
入り込んでくると
俺は流し台の前に立ち
職を転々とした俺の腕に
残ったのは
包丁を砥ぐことだった
左手で押さえる包丁のはらに
女の姿が浮かぶ
何があったわけじゃない
忘れた物を
思い出したように出ていった
砥ぐ手に
隙間からの川風が
やたら冷たい
夕まぐれに
橋一つを違えて渡って行ってしまったか
橋を渡ったらもう帰ってこないだろう
鋭くなる刃先が少しずつ
鈍い怒りに変わっていく
包丁を研ぐたび女を思い出すのか
女を思い出すたび包丁を研ぐのか
今はもうわからない
【関連情報】
孔雀船は100号の記念号となりました。1971年に創刊されて40年以上の歴史がある詩誌です。
「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳
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TEL&FAX 042(577)0738
イラスト:Googleイラスト・フリーより