【孔雀船100号 詩】 ロクの来る日 (「詩篇たどりつけない」のためのエスキス) 脇川郁也
更新日:2022年8月28日
日だまりで毛繕いするロク
黒くまるまると太った野良だ
見慣れた景色の中にあるきれいな空が
クロネコの背にも乗っている
お向かいに住むビーグル犬のソラちゃんが
けたたましく大きな声で仕事をする
夏みたいな日差しと回る風がさわやかな日
鼻先の白い毛が漱石の髭に似ていて
妻はロクを白ひげと呼んでいる
隣家でおやつに呼ばれるときは
ホワイトソックスの名で通っている
ロクの名とてぼくが勝手に付けたものだから
だれもほんとうのロクに出会うことはない
風が回っている
うっすらと汗ばむ肌を撫で
立ち尽くす木々のあいだをめぐり
消滅への道をただまっすぐに
ためらいながら進んでいく
もう一匹
目
つきの悪い黒い野良猫がいて
ときどきうちの庭を横切っていく
髭もないし白い靴下もはいていないから
そいつを
ろくでもない猫
と呼ぶ
口からもれる頼りないことばが
かよわい手ざわりだけを残している
ロクが来た日は
何かいいことがありそうな気がして
中空を見上げてみるけれど
彼岸に吹きわたる風が
気配を消してただ回っているだけ
いつまでたってもぼくの声は届かず
どこまで行ってもたどりつけない
そこらじゅうにいる黒い猫は
帰る家を忘れてしまったロクとぼくだ
むかしに見送った小さないのちも
初夏の緑の中でころころとはしゃいでいる
【関連情報】
孔雀船は100号の記念号となりました。1971年に創刊されて40年以上の歴史がある詩誌です。
「孔雀船」頒価700円
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