寄稿・みんなの作品

感謝のお正月  武智 康子

 テレビから除夜の鐘が聞こえ、令和三年の新年を迎えた。昨年は、コロナで始まりコロナで終わった。さて、今年は、どうなるのだろうか。

 例年ならば、二人の息子達家族と共に三家族で、大晦日から二泊三日で都内のホテルに宿泊していたのだが、今年は無理だ。私は、一人正月を覚悟していた。しかし、二人の息子達の企画で、元日の朝、いつものホテルの京料理の料亭の個室で、祝い膳を食べることになったのだ。

 長男夫婦が私を迎えに来てくれた。私は、夫の写真を手提げにそうっと入れて出かけた。そして、料亭の部屋に入ると、六人掛けのテーブル二脚に七人が距離をとって座り、上座に夫の写真を置いた。私が夫の代わりに新年の挨拶を行い、いつものように皆で祝い膳を囲んだ。

 すると、店主が夫の写真の前にお水とお雑煮を供えてくれた。私は、店主の温かい気持ちに感謝した。久しぶりに家族が皆で顔を合わせたが、大きな声で話すことは出来なかった。
 しかし、皆が健康であることに心から感謝した。きっと、神様になった夫が家族みんなを守ってくれているのだろうと話し合った。



 会食後は、密を避けて東郷神社ではなく、地元の氏神様に初詣でをした。そこでも十分ほど並んだが、それぞれに今年の目標の成就やコロナの終息、そして何よりもみんなの健康を願い、新しいお札と破魔矢を頂いて私宅に集まった。
 皆が私宅に集まったのは、本当に久しぶりだった。

 そこで始まったのが、「百人一首」だった。それこそ何十年ぶりだろうか。私は、すっかり忘れていると思っていたが、いざ、始めてみると、私は読み手ではあったが、上の句を一言読むと下の句が自然に頭に浮かんだのだ。

 私自身がびっくりした。若い時に学んだことは、思い出せるのだ。今、八十路で学ぶことはなかなか覚えられないのだ。若い時にしっかり学ぶことの大切さの実証だ。即座に孫たちに伝えた。やはり沢山取ったのは、大学生の孫達だった。
「先に取ったのは私よ」
「いや、僕だよ」と大賑わいのかるた取りだった。

 私も、久しぶりに大笑いした。こんなに笑ったのは何年ぶりだろうか。

 夕食もちゃんと企画されていて、正月は元日だけ店を開ける私達が行きつけの老舗寿司屋にすでにテークアウトが予約されていて、息子たちが取りに行っている間に、お嫁さんたち二人がお吸い物やサラダなど作ってくれた。そしてリビングの八人掛けの大きなテーブルが、久しぶりに一杯になった。


 すると、今春、大学を卒業して大学院に進学する孫が、神殿の前に置いてある夫の写真を持ってきていつもの席に置いた。
 そして、一言ボソッと「僕も研究者になろうかな」と言った。この一言は、私の脳裡に強烈に刻み込まれた。夫の父と私の父の二人から三代続いている研究者魂が、専門は違っても四代目に受け継がれるかもしれないという大きな夢を、私に与えてくれ元気をもらった。夫も喜ぶだろう。
 私は「応援するよ」と答えた。それに続けて、「今日は、皆でいろいろ企画してくれて、本当に有難う。楽しかった」と言って、心から感謝の気持ちを伝えた。


 二つの大きな寿司桶は、あれよあれよという間に無くなっていき、お嫁さんたちが作った料理もなくなり、こんなこともあろうかと、私が用意していた苺とアイスクリームのデザートを食べながら、賑やかで楽しい令和三年の元旦の夜は、更けていった。


 十一時頃、そろそろ帰り支度をはじめ、最後に神前で「おじいちゃん、また来るね」と孫たちは手を合わせていた。
 そして、帰り際に、次男一家の孫は「おばあちゃん、コロナにかからないでね」、お嫁さんは「お母さん、くれぐれも気を付けてください」、次男は「お母さん、早く寝るんだよ」と言って、孫の運転で帰って行った。
 長男のお嫁さんは「お母さん、無理しないでくださいね」、最後に家を出た長男は「御袋さん本当に、気を付けてくれよ。何かあったら、すぐ連絡くれよ」と言って、車を発車させた。私は、自動車がマンションの駐車場を出て行くまで見送った。

 長男夫婦は、私宅から東の方向に車で十五分くらいの所に、次男一家は、私宅から南の方向にやはり十五分くらいの所に住んでいる。

 私は、皆を見送った後、家族皆が、私を心配してくれているのだと、目頭が熱くなった。

 五十代半ばの二人の息子夫婦は、日頃は、それぞれに会社の仕事で忙しくしており、一人暮らしの母親を、せめてお正月くらい賑やかにしてあげようと、二家族でいろいろな企画をしてくれたことが、とてもうれしかった。
 このことは、生前の夫が築いてくれた武智家の家風であり、家族の絆であろうとあらためて、私は夫と家族に心から篤く感謝したのだった。

 私は、今年も十分に健康に気を付けて、コロナ禍を乗り切りたいと心に誓った。

イラスト:Googleイラスト・フリーより

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