寄稿・みんなの作品

【元気に百歳クラブ】 良い歳になってきた  青山貴文

 孫たちと深谷市郊外にあるパティオにでかけた。我家から、車で20分ぐらいにある総合遊泳場だ。

 私は、このパティオに入場するのは数十年ぶりだ。先ず、孫たちと波のプールや流れるプールで遊ぶ。ともに満員で、芋を洗うとはよく言ったものだ。
 とにかく泳ぐというよりも混浴状態だ。老若男女が水中で、ぶつかり合い、「ワーワー」声を出し合う。久しぶりに童心に戻り、若返った。

 10分間の休憩時間に、全員水中から出る、学生アルバイトらしい逆三角形の体形をした監視員たちが水中を点検する。孫たちは満員のジャグジーに入るため走っていく。妻と私はドライサウナやウェットサウナで過ごす。どこも元気な子供たちで一杯だ。休憩後、上階にある25メートル競泳プールへ内階段を登る。

「おじいちゃんは、水泳キャップがないから、ここでは泳げないよ」
 と、小学6年生のマー君が残念そうに教えてくれる。
 ここは、子どもの数が少なく、静かだ。階下と違って別世界だ。第一レーンのみ浅くなっていて、子供たちが父兄と一緒になって、泳ぎ方などを習っている。


 妻は、マー君にクロールの息の仕方を、小学2年生の日向子には、背泳ぎの効率よいバタ足のコツを教えている。
 彼女は昨年まで近所のスイミングプールの会員で、時々20往復くらい泳いでいた。
「孫たちをちょっと看ていてくださいね。私は少し泳いでくるから」
 と、彼女は私に言い残して、誰も居ない4レーンをクロールで泳ぎだした。泳ぎ方は正当で、なかなか堂に入ったものだ。


 私は、プールサイドのベンチから、孫たちの半分遊びの泳ぎを監視する。かれらは、私の視線を感じると、ニコッリと笑って練習をはじめる。
 私は無性に泳ぎたくなってきた。キャップを忘れたことは、残念でしょうがない。

 妻が数往復泳いで、プールサイドのベンチに戻って来た。無造作にキャップと水中メガネを外し、テーブルの上に置いて休んでいる。
 私は、衝動的に妻のピンクのキャップとピンク色の枠の水中メガネを掴み、頭に取り付ける。ちょっと、恥ずかしい。
 誰か見ているかと周囲を伺う。誰も気が付かないようだ。

 数人が泳いでいる2レーンに向かう。足の方から入水する。水中だと恥ずかしさが半減するから不思議だ。ゆっくり平泳ぎを始めた。
 私の平泳ぎは自己流で、頭を水面から常時出して泳ぐ。よって、メガネなど必要はなかった。


 小学生の頃、立川市曙町に住んでいた。近所の遊び仲間5~6人と、炎天下の川原を歩き、約1時間かけて多摩川の鉄橋下に行った。
 そこで、みんなで6尺のフンドシを巻いた。当時、水泳パンツなどなく、学校にはプールもなかった。
 多摩川の清流の水は豊富であった。鉄橋の橋げたの台座はコンクリート製で、その周辺は深く格好の泳ぎ場所であった。皆犬かきで泳ぎ回った。どうも、私の平泳ぎは、そのころの犬かきの延長だ。

 皆が私のピンクのキャップを見ているように感じる。
(何も悪いことはしていない。規則に準じているだけだ。係の人が、文句を言っているようでも無い)
 そもそも、ピンクは女性の色と決めつけるのがおかしい。

 私も、厚かましくなったものだ。キャップを忘れたからと言って、妻のピンクのキャップを借りて衆目の中で泳ぐなど、数年前は絶対できなかった。
 それを、少しの抵抗はあったが、やってしまった。
 周囲の大人も子供も、シラットしている。孫たちも、おじいちゃんだからしょうがないと言うような目つきをしている。


 あと一年で80歳になる。この年令になって、なにかと楽しいのだ。なぜなら、なにをやっても、法に反しなければ許される。年寄りだから致し方ないと、回りがゆるしてくれる。と言うより、妻に言わせれば、
「後期高齢者のあなたなんか、誰も気に掛けていないわよ」
 と言うことになる。

 キャップがないからと言って、プールサイドで孫の監視ばかりもしては居られない。わたしは、老い先短いのだ。だれも泳いでいないコースが数本あるのだから、大いに使えばいい。

 静かな水面を一人ゆっくり泳いだ。先ほどの波のプールや、流れるプールでの孫たちとの戯れも楽しいが、こちらの方が遙かに年相応で、品格がある。
 25メートルをゆっくり泳ぎ、折りかえして15メートルくらい泳ぐと、進み方が遅くなる。両腕や両肩の筋肉が痛い。もう泳げない。

 誠に残念だが、50メートルも泳げない自分がいる。さも泳ぐのを自発的にやめた仕草をして、両腕を水中から出して両手首を動かしてみる。
 それから、プールサイドのハシゴをあがってきた。そして、やっとベンチにたどり着き、余裕をもって座った。誰も私を見ていない。

 私は、良い歳になってきたものだ。


イラスト:Googleイラスト・フリーより

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