寄稿・みんなの作品

【元気に百歳クラブ】 同志  金田 絢子

 品川の京急での買い物を終えて、駅前のざくろ坂をのぼっていると、Oさんが坂をおりてくるのに出会った。
 彼女は、我が家にちかいマンションの住人である。
(なお、ご主人は亡夫と同じガンで、うちより数ヶ月早く亡くなった)

 ご主人の死後、Oさんは、ベッドをおりる際、すべるようなかたちで転んで骨折してから杖をついている。


 今年、平成三十一年、まだ寒いころ、予告なしにお邪魔をした。歩きがてら買物しようかと外へ出たとき「お寄りしてみよう」と急に思いついたのである。

 彼女と親しくなったきっかけなど、すでに覚えはない。でも、知りあってじきのころ、化粧品にかぶれ易い敏感な肌なのだと聞いたのが、印象にのこっている。
 きれいな白髪で、実に美しい上品な人で、独身のお嬢さんの上に坊ちゃんがいてお孫さんはいない。

 私が伺ったのは、何日か泊まっていた坊ちゃん夫婦が、帰っていったばかりの時だったようだ。
「すっかり耳がとおくなって」
 と悲しそうだった。
「主人の本は、人に持っていってもらいました」
「娘が一人残るのが心配で、死ぬに死ねません」
 とか、どうしても愚痴っぽくなりがちだった。


 近所だから、時折り道で会って立話をしてきたが、品川の坂の途中で会うのは初めてであった。これは、禁句だったかもしれないと、あとで後悔したのだが、
「おやせになったようね」
 知らぬまに私の口は動いていた。なんだかヘマをやったなと、ちょっとどぎまぎして、
「もともとやせてらっしゃるわよね。骨も細いし」
 とつけ足した。
「だから、骨折するんです。やっと34キロになりました」
 ご主人について病院通いをしていたころは、30キロに満たなかったそうである。
「K先生(私たちは、同じK内科にかかっている)にいった帰りなんですよ」
「私は、こないだK先生に、コレステロールがあがってきてますから食べる量をへらした方がいい。デコポンを食べるってはなしをしたら、デコポンは大きいから一日半分が適量ですって」
「わたしには、もっと食べなさいって」
 おそらく彼女が、あまりにやせているので、先生はそうおっしゃったのだろう。

 私が、「杖にはお馴れになった?」と聞いたとき、
「馴れました。でも体の中心が定まらない感じなの」
「私だってふらふらとしか歩けないわ」
 と言おうとして、何故か言葉がでなかった。

 それより何より、さよならしてから、ぐんと胸に迫ってきたのは、彼女が、
「一日が長いです」
 としぼりだすように口にしたひとことだった。

 私だって、死にたいと願い、亡夫に向って、
「あなたの声が聞きたい」
「寂しくてたまらない」
 と日記帳に書き散らしている。
 ただ、私は死にたいなんて言いながら、どこか大ざっぱでひょいと呑気にもなれるが、彼女の遣る瀬なさは、私に、「人間て、所詮はひとりなのよね」と軽くいなしては悪いような気を起こさせる。
 きっと性格も置かれた立場も異るせいなのだろう。

 ともあれ二人は、ほとんど同時期に夫の病に携わり、前後して寡婦となった。いわば、同志なのである。

 これからもよき隣人でありたい。


イラスト:Googleイラスト・フリーより

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