寄稿・みんなの作品

【寄稿・詩集】 久しぶりの奈良だった  中井 ひさ子

 京都で新幹線を降り近鉄線に乗り換えると、ああ帰って来たなと思う。車中での行き交う言葉や、見知らぬ人まで親しみ深く感じる。

 車窓は変わっているのだが、少しでも昔の景色が残っていないかと、見つめてしまう。遠目に見る少し荒れた寺、塔、瓦屋根の民家。そして、曲がりくねった道などはやはり嬉しい。
 奈良は狭い。バスは多く通っているが、何処へでも歩いて行ける。私の実家も奈良駅から歩いて十分もかからない。


 父母の仏壇に手をあわせた後、妹と若草山の麓までぶらりと行ってみようということになっ
た。勿論歩いてだ。
 私は冬の奈良が好きだ。冷たい風の潔さ、人影のない公園に膝のあたりまで積もっている落ち葉。その中に一歩一歩足を踏み入れる感触、ザワザワと枯れた音。一条通りを真っ直ぐ東に向かう。転害門をくぐり、右に戒壇院、左に荒池が見える。
 昔、ゆらりあふれていた池の水が今はない。枯れた池は池ではない。

 この辺りは母の散歩道だった。黒目がちの鹿たちが、首を振り振り近寄ってくる。
「今日はパンのみみを持ってこなかったね」
 母の声がする。
 私は「鹿の目はキリンの目に似ている」と独り言を言う。

 大仏殿の裏の石畳を歩く。低い土塀の家は東大寺のお坊さんを父に持つ同級生の家だ。佐保田君と小さく呼んでみる。
 優しくてちょっぴり泣き虫な男の子だったが、亡くなったと聞いた。でも、てれたように出てきてくれそうで門の中を覗いていた。

 突きあたると二月堂、三月堂、四月堂が在る。二月堂から奈良の町を一望できる。
「あの辺りがうちの家やね」
 妹が指をさす。
「三月堂の日光・月光菩薩立像もいいけれど、あまり知られていない四月堂の千手観音菩薩立像がいいよ」
 私はにわか案内人になる。

 校倉造りの正倉院の横を通り若草山へと向かいつつ、ふと思い出した。小学五年生の頃だったか、通っていた絵の教室で、私は一人の女の子にいじめられ、仲間外れになっていた。
 この辺りに写生に来た時も、何でいじめられるのだろうと思いつつ、一人、大木の根っこに座り黙々と絵を描いていた。
 柴山さんと言ったなあ。数年たって偶然会ったとき、「元気?」とにこやかに握手され、戸惑ったけれどすべて今となっては懐かしい。


 若草山に着いた。麓の土産物屋の縁台で姉妹そろって大好きなわらび餅を食べる。ここは友の実家だ。でも笑顔にはもう会えない。

 目の前になだらかな山が三つ重なりあっている。三笠山とも言うけれど、私は若草山の呼び方が好きだ。芝生と緩やか丸みが山を優しくしている。
 山上から駆け下りてくる子供たち。その中に遠い日々が見えてくる。

 手をしっかりつないだまま小学生と中学生の女の子二人が転がり落ちてきた。あれは私と澄子ちゃん。麓に辿り着くと半べそと、てれ笑い、互いにセーターの枯れ草をはらっている。痛みや怖さではなく、ごろんごろん感がからだから離れない。

 そして、山上でのできごとをも思う。私がいじめの相談をしたのだろう。お菓子を食べ終わると、澄子ちゃんが真顔で言った。
「あのな、人に好かれたいんやったら、自分が先に好きにならんとあかんよ」
 私はこくんとうなずいていた。
 大人になっても変わらず人間関係の苦手な私がいる。
「先に好きにならんとあかんよ」の澄子ちゃんの言葉を思い出し、自分自身に言い聞かすこと度々だ。なかなか、上手くいかないけれど。

 丸い目で見つめるしっかり者の澄子ちゃんは、今も奈良にいるのだろうか。
 地元奈良を歩くと忘れていたことが、大木の陰、土塀の内、山並から立ち上がってくる。懐かしい人々の姿が現れる。

 でも、今も奈良に住んでいる多くの友人には、歩いても、歩いても出逢わない。

  久しぶりの奈良だった 中井ひさ子 縦書きPDF
 

イラスト:Googleイラスト・フリーより

 【関連情報】

 詩集 「そらいろあぶりだし
 作者 : 中井ひさ子(なかい・ひさこ)
 定価 : 2000+税 
 発行 : 土曜美術社出版販売
   〒162-0813 東京都新宿区東五軒町3-10
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