寄稿・みんなの作品

【孔雀船93】 永遠の春  齋藤 貢 ( 2019年度・現代詩人賞の受賞者)

背後から

おいと呼ばれて

振り向きざまに

鈍い痛みが下腹部に走った。

無数の刃が、高波のように

防波堤を越えて

からだの入り江に

槍のように突き刺さっている。

見えない相手の

喉元や顎のあたりを

両手で押し返して

必死に振り払おうとするが

肩の力が抜けてしまって

だめだ。

だれかを呼ぼうとしても、声にならない。

身をそらそうとしても

からだが動かない。

歯を食いしばって

こらえているが

そのとき

唐突に、大きな海の膝が抜け落ちて。

永遠の春が

しびれるように、皺よって。

防災スピーカーの男の声は

北へ逃げるようにと告げている。


狼狽する春の背中を抜けて

重く沈んだ悔いが

空からみぞれのように降ってくる。

屈辱が

仰向けになって、道端に倒れ伏している。

あの日まで、ずっと

高い鉄塔と

排気筒のむこうには

ひねもすのどかな春がたたずんでいたのだが

いまにしておもえば

それは

痛みも、真実のことばも

何ひとつ言わない春にすぎなかった。

阿武隈の寒い雲から

逆さまになって墜ちていく春。

見えないし、匂いもしない

新しい恐怖が

ぐいぐいとからだの岬のふかいところまで

からだの堤防を越えて

押し寄せてくる。

いつのまにか

根こそぎ、こころまで奪いとって。

 ☆ 齋藤貢さんは、2019年『夕焼け売り』で現、代詩人賞を受賞されました。 おめでとうございます。

 永遠の春 齋藤貢PDF・縦書き


【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

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