A040-寄稿・みんなの作品

「寄稿・孔雀船93号」(詩誌)  水滴の家 鷲谷 みどり

ある日彼女は 霧の匂いのする夕食のあと

床下に穴を掘っていた

彼女が横たわることができるだけのそれを

モルタルづくりの彼女の家のすみずみに

彼女の不安の水がいきわたるように

いつか そこから

ふかい みどりの不安の木が

生い茂るように


木はどこまでも彼女の

新鮮な不安をほしがるから

彼女の小さな如雨露は

たちまち指先から空っぽになって

そのすきとおり方を皆に褒められながら

やがて みずみずしく したたり落ちていく

不安の果実に囲まれて

彼女は誰にも見えなくなった


私は叔母に会ったことがない

私が引き継いだこの家は

いつも内側からの わずかな雨に濡れていて

私の指など 素知らぬ顔で

木は ますます盛んに

暗く沈んでいく


叔母の口の中をいつも満たしていたという

うすにがいそれは

私の膜と決して交じり合うことはない けれど

とろけたビー玉のようなその実を

ふいに舌の上に乗せるとき

私はすこしだけ

叔母のまるく光る 白い皿の淵の

そのつめたい空腹に

からだを浸すことができた


家をななめに傾がせて

外へ大きくせり出した木は

風が吹くと カラカラと彼女の骨の音が鳴る

その音はしばらく

近所の子どもたちを

おびやかして

それも やがて消えていった


水滴の家 PDF: 縦書きで読めます


イラスト:Googleイラスト・フリーより

【関連情報】

孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。

「孔雀船」頒価700円
発行所 孔雀船詩社編集室
発行責任者:望月苑巳

〒185-0031
東京都国分寺市富士本1-11-40
TEL&FAX 042(577)0738

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