A040-寄稿・みんなの作品

なぜだろう  =  林 荘八郎

 冬はカキが美味しい。わたしの好みは伊勢のものだ。そこで養殖している漁師に電話で注文する。年に2、3回取り寄せる。もう20年くらい続いている。
「横浜のハヤシですが」
 それだけ名乗ると、わたしの長ったらしいフルネームをわざわざ発して確認してくる。なぜだろうと思う。

 それが漁師本人でも奥さんでも、若夫婦であっても、電話をとった人はフルネームで念を押す。悪い気はしない。自分も上客に列せられているのだろうか。しかし、なぜだろうと思っていた。

 この冬、30年ぶりに伊勢神宮に詣でた。くだんの漁師は民宿を営んでいる。その機会に宿泊することにした。


 鳥羽から先の英虞湾の景色は美しい。多くの小さな島が浮かぶ静かな景色だ。入り江は波が立たず池のように穏やかだ。岸辺は驚くほど透き通っている。緑豊かな国立公園だ。開発を規制しているのだろう。
 的矢の隣の浦村の浜に着く。

 宿の前には小舟の発着用の桟橋が浮かぶ。そこから舟は沖の養殖用筏へカキを挙げに行き来している。30分ほどで戻り、小屋に運び込む。5、6人で泥にまみれて掃除している。この泥だらけの貝が、あの美しいカキになるのかと驚く。


 その民宿は母に教えてもらった。彼女は伊勢の実家で晩年を独り住まいしていた。女学校時代の幼友達に誘われて、あるとき泊った民宿での料理が素晴らしかったらしい。
 わたしが家族を連れて母を訪ねたら、その民宿へ案内したいと言ってくれた。わたしたちは喜んで同行し料理を堪能した。しかし母はそのとき不満だった。

 彼女にとっては友達と来たときのような内容でなかったらしい。食事が終わるまで、おかしい、おかしいと呟いていた。
 
 その時、隣の部屋にいる5、6人の若い女性グループの歓声が聞こえてきた。
「あんな予算でこんなすごい料理が出るなんて。この宿は最高ネ」
 わたしは直感で、配膳係が船盛り料理を運ぶ部屋を間違えたのだと思った。

 母は、その歓声には気が付かず「特別料理を注文したのに」と納得がいかない表情を続けていた。
彼女は、我々の歓声こそ聞きたかったのだ。


 帰りの車中でも嘆いていた。あんなにもしょげた表情を見せるのは珍しかった。母の思い出を家族と話すときには、今もこのときの話が出る。

 今回の宿は、実はその民宿なのだ。30年前のあの出来事は内緒にして、泊るのは初めてのように、わたしは振舞った。

 緑豊かな志摩半島に囲まれて、この入り江はカキの養殖には最高の立地だと若主人が言う。その夜の料理に満足し、そっと心の中で母に報告した。

 電話で注文すると私のフルネームを復唱するのはなぜか。刀を差した侍のような名前がオモシロイのか。理由は他愛もないので、いささかがっかりした。
「注文をいただく東の端のお客様は、昔は沼津の方でした。その後、永いあいだハヤシさんがいちばん東の端の、わが家では大事なお客さまだったのです。いまではもっと東のお客さまも増えましたが」

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