【寄稿・(孔雀船)より】 刮ぐ 吉本洋子
更新日:2018年2月18日
夕食の牛蒡を刮ぐ
包丁の背を当てて薄く皮を刮いでいく
踵の角質を削る
薄刃の剃刀を固くなったそれに添わせ削っていく
大切なものは皮と身の僅かな隙間に潜んでいるものを
刮ぎ 削り 剥ぎ 晒し
いっそ皮など刮がずに丸ごと喰えばよいものを
いっそ踵ごと削り落としてしまえばよいものを
灰かぶり姫の意地悪な姉のように
今夜の牛蒡のきんぴらは美味しい
むかし話は真実で美味しい
深夜 身体の至る所が意固地な生き物に
夜更かしをする
林檎の皮を剥く
騙されている気がする
赤く生る実の中の実は赤くなくちゃ
せめてしらしらした薄い血の色に似た実でなくちゃ
よく研がれたナイフで
指と指と指の間の皮を剥く
血は一滴もこぼしてはならぬ
実に実の色以外の実を見せてはならない
剥かれた皮は薄いほど残される実は美しい
嫌がる子供達のために
下処理は済ませたけれどまだ血生臭い
定年退職をした男が親族から
祝いごとめいて喰われる小説を読んだことがある
一番大事な部位は冷蔵庫にと小姑から囁かれていた
それを喰らうのは妻の証
食感を楽しんでと意味ありげに片目を瞑る
牛乳に漬けると臭みが消えるとレシピに書いてあった
カレー粉をまぶして油で揚げる
鉄分補給には一番
学校給食にもよく出るわ
放課後のチャイムが鳴り終われば
妻の証をやすりに掛ける
なめらかにすべらかに柔らかな生き物に
イラスト:Googleイラスト・フリーより
【関連情報】
孔雀船は1971年に創刊された、40年以上の歴史がある詩誌です。
「孔雀船」頒価700円
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