A040-寄稿・みんなの作品

愛する熊本城  =  黒木 せいこ   

 私は、ふるさとの熊本城が大好きだ。


 26歳で熊本を離れ、今では、別の土地で暮らした月日の方が長くなってしまった。ふるさとと言えば熊本城を思い出し、それがふるさとの代名詞になっている。

 帰省すると、熊本城をバックに、路面電車が走る風景を、写真に撮ったものだ。私にとっては、これが熊本を代表するふるさと自慢の風景である。
 
 お城は市の中心部にあり、いつも街を見おろし、りりしい姿を見せてくれていた。
 私が小学生のころは、学校の写生大会で何度も足を運んだ。夏には、城のすぐ下にある城内プールによく通ったものだ。
 春には桜が咲き、初夏には鮮やかな木々の緑で満たされ、秋には天守閣のすぐ近くの大イチョウが、見事に黄色く色づく。


 二の丸公園は、市民の憩いの広場であり、四季折々、私たちを楽ませてくれた。
 私の実家は、かつて市の中心部から車で15分ほどのJR熊本駅の近くにあった。それが、2011年の九州新幹線開通にともなう区画整理で、立ち退くことになった。父は亡くなり、母は一人暮らしだったので、立ち退き後は、熊本城のすぐ近くにあるマンションへ引っ越した。

 そのベランダからは、熊本城の天守閣が一望できた。昼間は、天守閣に登っている観光客の姿が見えた。夜はライトアップされて、幻想的な雰囲気になる。母は、まるで城をひとり占めしたような眺めだと言い、とても気に入っていた。                  

「うちのベランダからは、お城が見えるのよ」
 社交的な母は、そう言って、友達をたくさん家に呼んで、ベランダからの眺めを楽しんでいた。


 そんな熊本城が、昨年(2016年)の熊本地震で、甚大な被害を受けた。天守閣の瓦はほとんど落ち、重要文化財の長塀が100メートルにわたって倒壊し、櫓や石垣もかなり崩れた。
 地震の約一か月後、その痛々しい様子を実際に見たとき、私は、涙が出るほど悲しかった。

 今まで当たり前のように立派な姿で存在していた城が、大地震で突然、悲惨な姿になってしまったのだ。私は、自分の基礎となっている土台がガラガラと音をたてて崩れてしまったような気持ちになった。

 大惨事を肌で感じ、私は、心の底から熊本城を愛しているのだと実感した。それからは、テレビのニュースで熊本城の様子が流れると、食い入るように見入った。

 特集番組を見て、城の歴史についても、改めて知ったことがたくさんあった。

 驚くべきことに「武者返し」と呼ばれている石垣は、地震で崩れたのは新しく積まれた所で、400年前の築城当時の石垣は、崩れなかった場所が多かったと報じられた。
 また、城内には籠城に備えて掘られた120カ所もの井戸があり、壁や畳にかんぴょうや芋の根など、食べられる物を埋め込んでいたそうだ。

 熊本城は、築城当時の武士たちの英知が結集された、日本三大名城の一つと呼ばれるにふさわしい城だと、私は再認識した。

 天守閣は残念ながら西南戦争で消失したので、現在の城郭は、1960年に再建されたものである。私は1957年生まれなので、生まれたときには、なかったのである。
 もちろんその当時の記憶はなく、私がもの心ついたときには、すでにあの立派な天守閣が存在していた。


 それが、二度にわたる震度7の大地震の被害で、今は無残な姿をさらしている。
 だが、奇跡的に一本の石垣で倒壊を免れた「飯田丸五階櫓」は、懸命に持ちこたえている。どんな災害に遭っても負けないよう、私たちに手本を見せてくれている。


 元気だった母が、昨年秋に89歳で亡くなり、私には帰る実家がなくなった。母の住んでいたマンションは築浅だったため、地震の被害はほとんどなく、母の荷物もそのままの状態である。だが、今そこには、通勤に便利だからと、姪が一人で住んでいる。
 姪とは仲がいいので、私が熊本へ行くと言えば喜んで泊めてくれる。

 しかし、それは「帰る」のではなく「泊めてもらう」のである。気軽にいつでも帰り、いつまでいても構わないという実家は、もうなくなってしまった。母が亡くなって半年もたった今ごろになって、親をなくすとはこういうことなのだと、ひどい喪失感が襲ってきた。

 そんな寂しさがあるからだろうか、熊本城への思いはますますつのるばかりだ。城の再建のためになんとか力になれないものかと思っていたら、「復興城主」が募集されていると知った。

 1万円以上の寄付で「城主証」が発行され、デジタル芳名板に名前が登録されるそうだ。これはいい機会だと思い、さっそく申し込むと、一か月ほど経って「城主証」が送られてきた。

 熊本市は、天守閣の再建は3年後になる。
 城全体を地震の前の状態に戻すのは20年後、という目標を発表している。長い道のりになるが、復興した姿を何としても元気で見届けたいものである。

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