A040-寄稿・みんなの作品

【寄稿・フォトエッセイ】 もしもし ぼくだけど = 三ツ橋よしみ

『作者紹介」  三ツ橋よしみさん

 薬剤師です。目黒学園カルチャースクール「フォト・エッセイ」の受講生です。

 東京生まれ東京育ちの作者が、一昨年から、京成電車で1時間余りの千葉県で、「田舎暮らし」をはじめています。それが創作活動に寄与しています。

 通信が発達した現代では、都会と地方と距離感がなくなり、どこでも起こり得る事件です。今回の作品は、それをモチーフにしています。



  もしもし ぼくだけど = 三ツ橋よしみ   

                         
 ある朝、目黒区在住の高橋静子さん(83歳)宅に、息子を名乗る男から電話があった。
「和夫かい? 珍しいね。電話なんかかけてきて。どうしたの、何かあったの?」
「・・・・。何年ぶりかしら。お父さんのお葬式以来?  だったらもう16年たったんだわ。来年、お父さんの17回忌だもの。早いものねえ」

「えっ何? よく聞こえない。お母さんはもう83歳になるの。早いものねえ、この頃少し耳が遠くなって。もっと大きな声で話してくれない?」
「そう、風邪引いて、声が出にくいの、そうなの。和夫、あなたいくつになった? お前ももう若くはないんだから、体に気をつけなさい。仕事仕事で、休みだってろくにとってないんでしょ? ちゃんと休まないと駄目よ」


「えっ、何? 会社で預かった小切手をなくしちゃった?」
「そりゃあ、えらいことだわ。弁償しないと会社、首になっちゃうっての?
あらまあ、それって、いくらの小切手なの? 500万円? 結構な金額だわ。会社の部長さんと電話を代わるって?」


「まあ、部長さんでいらっしゃいますか? いつも息子がお世話様になっております。なんですか、この度は、息子がとんでもない不始末をしでかしまして、ご迷惑をおかけいたします。はい、はい、はい、はい、わかりました。明日までにお金を弁償すれば、今回は警察には言わないで、うちうちでおさめて下さる。まあ、それはそれは、ありがたいことでございます。ご温情、身にしみます」
「和夫、部長さんから事情をきいて分かりましたから、お母さん、すぐに銀行にいって、お金おろしてくるから。お前、午後にも、うちに取りにいらっしゃい。」
「お得意様との約束があって、どうしても今日はこっちにこられない? そう困ったわねえ」

「もしもし、和夫よく聞こえないわ、もう一度言って。会社の部下にお金を取りにこさせるから、その人に渡してくれですって。若いけれど、信用における男なの。わかったわ、そうする。
それと何? 銀行で、窓口の人に、何に使うんですかときかれたら、うちのリフォームに使いますって答えるのね。このごろ、おれおれ詐欺とか言って、年寄りをだます人がいるって。大丈夫よ。お母さん、そんな奴らに、だまされるほどボケちゃいないから。心配しないで」


 静子は、銀行に急いだ。
「あの、高橋様、金額が少し大きいですね。何にお使いですか? 最近、ニセ電話による詐欺事件が多発しております。高橋様は、大丈夫ですか? 」
「ええ、ご心配なく。何ね、うちも結構古くなったので、リフォームしようと思いまして、知り合いの業者に頼んだもんですから、現金が入りようなんです。有難うございます、ご心配いただいて、わたしは大丈夫ですよ、だまされたりなんかしませんから」
「そうですか。相手先の会社に振り込むほうが、お手間はかかりませんし、安心だとおもいますが」
「自分のお金を引き出すのに、なんでそんなにも、ごちゃごちゃ言われなくちゃならないの。振り込みにしようが、現金にしようがわたしの自由でしょ。ほっといて下さい。
まったく銀行ってところは、入金するときは、ぺこぺこするくせに、いざ引き出そうとすると、なんだかだ言って、出させたがらないんだから、まったくやんなっちゃう。」
「わかりました。お客様のおっしゃる通りにご用意いたしますので、しばらくお待ちください。」


 500万円の入った紙袋を、静子さんはハンドバックにギュっと押し込んだ。内心はどきどきしていたけれど、窓口の視線を感じたので、冷静なふりをし、お世話になりましたと、笑顔を銀行員にふりまき、ハンドバックを抱えて銀行を出た。

 3時過ぎ、男が家に来た。
「高橋さんに頼まれてきました。」
「あなたが和夫の部下っていう人なの? ずいぶん若いのね。でも、ちゃんと背広着てまじめそう。よろしくおねがいしますよ。」
 静子さんがお金の紙袋を渡すと、若者は、黒いビジネスバックに袋を押し込んだ。バックのまちが広がりぱんぱんにふくれあがった。
 まあ、お茶でもお飲みになって、と静子がいうと、いえ、急ぎますからと、若者はお辞儀をし、すぐに出て行った。静子は家の外に立って、何度もお辞儀をして、若者を見送った。

 それにしても、和夫から頼みごとをされるなんて、おもってもみなかった。
 和夫は、中学、高校とずっと野球部で、あの子のお弁当箱、大きくて、ご飯もいっぱいで、生姜焼きや、ハンバーグを詰め込んだものよ。いつも洗濯物が山のようで、あのころは大変だった。
結婚してからは、盆と正月にちょっと顔を出すくらいになって。
 最近は、ぜんぜん来なくなっちゃったけど。それでもいいのよ。男は仕事が大事、便りのないのは元気なしるしともいうし。

 そんな和夫が、わたしを頼って電話して来たなんて、うれしいじゃない。死んだお父さんだって、和夫のためになることなら、喜んでお金を出してあげたと思うわ。
 お父さんが亡くなってから、わたしはずっと独り暮らし。幸いまだ人のお世話にならずにやれてるからいい。一人でさびしくないですか、と聞かれれば、そりゃさびしいですよ。子供がたまには顔を出してくれれば、そりゃあ、うれしい。
 でもねえ、今さら親と一緒に住んでもいいなんて、お嫁さんが言うわけない。それにわたしだって、若いお嫁さんと一緒に暮らすなんて、とんでもない、気づまりだもの。時代が違うんだから昔とは。


「ああ、今日は疲れた。大変な1日だったわ。少し横になって休みましょう」

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