A040-寄稿・みんなの作品

【寄稿 写真エッセイ】 ロバート・キャパ = 山本千鶴子

 ここに2冊の文庫本がある。1冊は、ちょっと黄ばんでいて、最後のページに190と鉛筆書きの数字がある。190円。昔、古本屋で買ったもの。
 同じ新品は552円。昨日買った。新品と古本の違いはあるけれど、ロバート・キャパの「ちょっとピンぼけ」で内容は全く同じ。一度、読んだ覚えがあり、本棚にあるはずだった。探してみたけれど、ない。
 再び読みたくて、新しく買ったとたんに、本棚から出てきた。

 2冊を比べると、表紙、ページ数も、掲載写真も全く同じ。


 1つだけ違っていた。第1刷は、同じ1979年5月25日だけれど、古本は1990年4月5日の17刷だった。そして、もう一冊の新品は2013年5月10日の39刷。そのちょうど一年後の2014年5月11日に、キャパの写真を観て、再び「ちょっとピンぼけ」を買った。その偶然に驚く。単なる偶然だけれど、やはりキャパは特別なのだわと、何かを感じる。

 キャパが亡くなった1954年、私は9歳だった。もう随分前のことだが、それだけの版が重ねられている。現代でもキャパは忘れられていない。

 当時、小学校3年生で、生のニュースで、キャパの死を知ったとは思えないが、なぜか昔から、キャパには関心があった。
「崩れ落ちる兵士」「ノルマンディ上陸作戦」の有名な写真もあるが、他にも新聞記事、作品展などの機会があると読んだり、見たりしてきた。
 キャパは、1913年生まれ。今年は生誕101年目となる。
「101年目のロバート・キャパ」展が開かれることを知った。

『戦争写真家として知られ、今年生誕101年目を迎えるロバート・キャパは一方で、その持前のユーモアと笑顔で人々を魅了し、戦闘場面ではない暖かな日常生活の風景も数多く切り取りました。本展は、「ボブ」の愛称で親しまれ、40年の生涯を駆け抜けた等身大の写真家キャパを、次の100年に向けて語り継ぐ写真展です。』
 と新聞の案内にあった。
 観たいとその記事をずっと手帳に挟んでいた。3月から開かれていた写真展なのに、日常の日々に追われ、とうとう会期の最終日5月11日になってしまった。


 当日は、欲張って、都内を駆けずり回ることになった。
 朝早くから、北区にアーチェリーの練習に行き、その後は、射場近くの板橋の次男の家に立ち寄り、昼食を共にした。夕方からは、長男一家に誘われていた。板橋から川崎の長男の家に行くまでの、午後の時間は、思い切って、恵比寿の東京都写真美術館まで車を走らせる。


 写真展の会場は、思っていたように多くの観客でいっぱいだった。写真を一枚一枚、眺め、キャプションを読み、また眺める。どういうきっかけであったか、同年輩と思える一人の男性と、写真を前にして話しが始まった。キャパの写真に寄せる関心を話し合い、感じることを聞きあい、一方で時間を気にしながらも、話しこんでしまった。私が特に感じた写真があり、その男性は、その写真をどのように思うか、聞きたいと思った。けれど、閉館までの時間も気になり、話を切り上げた。

 借りた音声ガイドで、一枚一枚の写真説明にも耳を傾けた。なぜ、キャパの写真に魅入るのだろうか、自分でもわからない。撃たれた兵士の死体。撃たれた傷から流れる血だまり。裏切り者として、髪をそられ、あざけそしられている女性。その女性に侮蔑の目を向ける群衆。次の瞬間には死ぬかもしれない兵士たちの一瞬の休息。敵機の空襲から逃れる女性と共に飼い犬も必死に走っている。そして愛する恋人ゲルダ・タローの寝入る姿。

 キャパは、ピカソ、イングリッド・バーグマンたち、有名人とも親交があり、彼らの思いがけない表情もとらえている。


 まだまだじっくりと見ていたいと思ったが、息子たちが待っている。ほどほどに満足し、会場の出口で、音声ガイドを返そうとした時に、先ほどの男性とまた出会った。時間を気にしながらも、再び話しが始まった。音声ガイドには、キャパの肉声も入っている。ちょっと聞きますかと言ったら、その男性は関心を示した。イヤホンを耳にあて、なるほどと納得のいく表情で聞いていた。まだいろいろと話をしたいと思ったが、「また、お会いできたら」とさよならをし、音声ガイドを係りに返し、会場を出た。

 会場で販売の写真集が欲しかったが、会期最終日で、もう売り切れていた。キャパをまた見たいと、ネット販売で「ロバート・キャパ写真集」を求める。先ほど、届いた。


 歴史を語るには、人物を映し出すには、モノクロが、カラー写真より、訴えるものがあるように思えた。白黒には、時代を感じるからか。色彩に惑わされずに、対象の事物そのものを直視できるのか。カラー写真より、白黒写真は被写体に奥行きを感じさせる。写されている人、景色、物事、その歴史が語りかけているかのようにも思える。
 写真の数々を見ながら、キャパが生きていたら、今の時代をどのように撮るのか、どんんな写真にするのかと考えた。それを見てみたい。

                                  
写真の引用
 文春文庫『ちょっとピンぼけ・ロバートキャパ』
 東京都写真美術館「ロバート・キャパ展」

          

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