A040-寄稿・みんなの作品

【寄稿・旅エッセイ】  旅の記憶 宮島と大願寺=長島三郎

  作者紹介=長島三郎さん
         目黒カルチャースクール『小説の書き方』の受講生
         私小説を得意としています。 

旅の記憶  宮島と大願寺  長島三郎

 私は旅行会社から送られてきたパンフレットに目を向けた。表紙には赤、白、ピンク、色とりどりのつつじの花が咲き誇っている。手に取ってめくって行くと、北海道から九州、沖縄までの観光名所がきれいなカラー写真で掲載されている。

 その中でも、安芸の宮島にある大願寺に、五年の歳月を費やして、総白檀(びゃくだん)の不動明王を造像いたしましたと、書かれてある。白檀と言えばインドの香木で入手困難な高級素材だときいている。それも総重量六トンと書かれてあるのには驚いた。
 お香をやらない私でも、白檀がどれほど高価な香木であるかは解っている。どうしても、見て見たいと言う気持ちになった。
 そのツアーは新幹線、バスを乗り継いで、船で宮島に渡り、大願寺に行き、宮島に一泊して、次の日は厳島神社を見学、千畳閣、五重塔を見物して、再び船に乗り宮島口に渡り、錦帯橋、岩国城、吉川公園、津和野を回る二泊三日のツアーだ。私は五歳下の妻(小糸)にパンフレットを見せて誘った。
小糸はそのページを見入っていたが、
「貴方から旅行に誘うなんて珍しいわね。いいわよ。宮島には修学旅行で行ったきりだし、小京都と言われている津和野にも行きたいと思っていたのよ」
 小糸は、良し悪しは別にして、まず私の言ったことには反対をする。その後、貴方がどうしても、行きた いと言うのなら、仕方がないから付き合ってやってもいいわと、言うのが、いつものパターンだ。今回は、行ってもいいわよと、即答をしたのには、拍子抜けをしてしまった。

 定年を向かえた私は、毎日が日曜日だ。観光客で混雑する土、日曜日を外して申し込んだ。
そして一週間後、東京駅日本橋口に朝八時集合。新幹線に乗るのも久しぶりだ。
 キヨスクで、お茶、菓子を買い求め。新幹線に乗ると、これから行く宮島、津和野のパンフレットを見ながら、話は盛り上がった。
 昼食は、旅行会社から支給された駅弁で済ませて、広島駅に着ついた。待機していた観光バスに乗り込んで、原爆ドームなど、市内を車内から見て回り、宮島口に到着した。

 桟橋には、多くの人が並んでいる。私たちもガイドの後に着いて宮島に渡る船に乗り込んだ。
船内は混んでいて、団体客にまじって、肩からショルダーバッグを下げた高校生と思われる男子学生。スーツ姿にカバンを持ったサラリーマン風の男性たちが、私たちの周りに押し込まれてきた。
 中ほどに押し込まれたのでは、船から宮島の大鳥居を見ることは出来ない。ここからだと船尾が近い。小糸の手を引くと、外の景色が見える船尾に人をかき分けて、手すりに体をもたせた。波しぶきをかき分けて走る青い海。緑の宮島の景色を見入った。
 数羽のカモメが、ガア―ガアと、おおきな鳴き声で、近づき、離れては、船を追っかけてくる。すれ違う船からの波に乗り上げてか。体は上下、左右に揺れる。潮のしぶきが私の顔を通り過ぎて行く。海の上だということを、実感した。 
 小糸の髪の毛がなびき、私の顔に触れる。顔を反らせて、進むにつれて、大きく見えてくる朱塗りの大鳥居を見入った。この様な大きな物が海の中に立っていることに、感動をした。

 船は宮島の桟橋に着いた。大勢の人たちが、ゾロゾロトつながって、上陸をして行く。私たちも後に続き、船着き場の建物から外に出た。広場を見渡すと、餌をねだってか、鹿が歩いている人に近づいてくる。ほっと、癒される光景だ。
 その先には、ガイドが旗を振って、私たちが行くのを待っている。記念撮影の台に立つと、撮影スタッフが、餌を手に持って鹿を二頭連れてきた。鹿も加わっての記念撮影に、思わず微笑んでしまった。
目の前には朱色の大鳥居と、厳島神社。

「今は、引き潮で大願寺まで海の中を歩いてゆけますし、大鳥居にも触ることが出来ます。」
ガイドは説明を終えると、手旗を高く上げて、歩きだした。私たちも後に続いたが、海水を含んだ砂地はジュクジュクとして足と取られて、歩きにくい。
 暫く進むと、ガイドは私たちに振り返りむいた。
「高くそびえる朱塗りの大鳥居は海の上に置かれているだけで、固定はされていません。台風などで大きな波を受けても、倒れたり、移動をしないと、言われています」
私は台風にも動じないときき、どのようにしてあるのか、興味を持った。説明を受けながら、さらに、大鳥居に向かった。

 大鳥居に近づくにつれて、海水を含んだ砂は、ぐちゃぐちゃと足場が悪く、靴が汚れる。大鳥居に十メートルくらい近づいたところで、ガイドは足を止めて再び振り向いた。
「ここからは靴を脱がないと、大鳥居まではいけません。手を触れたい方は行ってみたらいかがですか?」
 ガイドの声に、私たち四十人のツアーの中からは数人の若者たちが、靴を脱ぎズボンを膝までまくり上げて、大鳥居に近づいて行く。
 私も、この様な機会はそうあるのものではない。靴を脱ぎ、後を追おうとしたが、「私はストッキングをはいているから無理よ」と、小糸に手を引かれてしまった。そういえば、女性の姿は無かった。
 私は大鳥居を触りたいが為に上を向き、あまり周囲には目を向けていなかったが、潮が引いた砂地には、小さな蟹。名も知れぬ虫が這いずり回り、足を踏み出すにも、踏みつけないようにと、気を使い歩いた。
 乾いた海藻からは異様な匂いを放って、ハンカチで顔を覆う女性の姿もあった。
 袖をまくり、靴を手に持った若者たちは、鳥居に手を振れて、記念写真を撮っている。私はその光景を、ものほしそうに見ているのが、自分でも解った。
 仕方がない。私は砂に足を取られて、歩きづらそうにしている小糸を支えて、ガイドの後に着いて、大願寺まで歩いた。

 古き時代を思わせる古びた山門を潜ると、右手には大きな松の木が出迎えてくれた。
本堂に入ると、住職が「遠くからよくおいで下さいました」と、いい、大願寺の由来を利かされて、私たちは説教に耳を傾けた。
 寺内を案内されて厳島弁財天、数多くの仏像を拝観し、その一つ一つに対しての謂われに着いても、詳しく説明を受けた。
 住職からは、今日来られた方に一番見てもらいたい仏像がありますと、言われて、新築された別棟に案内されて、中に入ると、大仏不動明王坐像が鎮座していた。
 私は白檀で作られた大仏をいつ見せてくれるのかと、気を揉んでいたが、これだと思い、合掌をして、見上げた。
「この仏像は、五年の歳月を費やして一丈六尺総白檀(香木)を寄木細工で制作をした不動明王です。皆さん。仏像の体に触れて願い事をされたらいかがですか?」と、住職は私たちを、見渡した。
 私はここに来た目的はこれだ。躊躇している小糸の手を取って、黄白色の仏像の御御足に触れた。その時の厳かなで神聖な気持ちはどのように表現したら良いのか。声に出しては言えない。
 住職は六トンもある大仏を、寄木細工で組み合わせて完成したと言われたが、白檀と言えば高価な香木だ。たとえ、小さな欠片でも、捨てる訳にはいかないので、寄木細工にしたのか。それにしても、凄い。組み合わせたと言われたが、私には磨かれた仏像からは寄木のあとを見ることが出来ない。その出来栄えに感動を受けて、ここに来てよかった。ここに来なければ、一生このような貴重な仏像とは出会うことが出来なかったであろうと、思った。

 小糸は「後から来る方が待っているわ。もういいでしょう。出ましょうよ」と、手をひいた。
 私は小糸に手を引かれて大仏が鎮座している胡麻堂を出た。直ぐ前には大鳥居が立っている。潮の匂いが濃い空気を大きく吸って、空を見上げた。青い空には白い雲が所々に浮かんでいる。穏やかだ。
ガイドから「ここかからは街を案内して人と変わります。明日は又、ご一緒ですので、お風呂に入って疲れを取ってください」と、挨拶があった。

 そして街を案内してくれる若い女性のことを、ボランティアだと言い、紹介してくれた。
ボランティの女性は、紺色のワンピースを着て胸には名札を付けて、二十代半ばと思われるが、小太りのガイドとは違い、背が高く痩せ形のスタイルで美形だ。そのボランティア嬢はこの先にある土産物店の店員だと言い、先頭に立って歩き出した。
 商店街に入ってゆくと、両際には土産店が立ち並び、店員たちは呼び込みをしている。私たちに顔を向けているが、呼び込むことはしなかった。

 先頭を歩いていたその女性は一軒の土産物屋に入った。
 私たちも、後に続いた。
 店内は電燈の光で明るく、見渡す限り、数多くの土産物が立て横に陳列されている。案内嬢からは、私たちに振り向き、
「お疲れ様です。お手洗いは奥の右手にあります。その手前には休憩の場所も用意してあります。休まれたら千畳閣、五重塔を見物してから、ホテルまでご案内しますので、ゆっくり、寛いでください」
 案内嬢は話し終えると、試供品が入った器を両手に持って、皆の間を歩き回っている。
 私は土産物には興味が無いし、歩き疲れて座りたい。見渡し休憩場所を探した。壁に手洗いと書かれてある。その手前には四人掛けのテーブルが数脚置かれてある。皆は土産を手に取って騒がしい。
私たちがテーブルに座ると、従業員に「お疲れ様でした」と、声を掛けられて、お茶と、試供品の紅葉まんじゅうを、振る舞ってくれた。
 小糸は、足を引きずり疲れた表情を見せていたが、茶碗を口に運び、紅葉まんじゅうを口に入れると、「美味しいわ。これお土産にいいわね」と言い、席を立って、にぎわっている土産物が陳列してあるところに小走りで、向かった。
 私は小糸の表情を見ていると、白檀(びゃくだん)と言う香木を貴重だということを知らないのか。それとも、仏像には興味が無いのか。このような貴重な経験はそうあるものではない。もったいないというしかない。でも、明日の朝は、小糸が見たいと言っていた厳島神社を参拝。船で宮島口に渡り、岩国城、吉川公園、錦帯橋、そして彼女が心待ちをしている津和野に一泊だ。
                                                                                                           了

                             文 :長島三郎
                             写真:穂高健一

                                         

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