A040-寄稿・みんなの作品

【寄稿 フォトエッセイ】梅雨どきの楽しみ=三ツ橋よしみ

 三ツ橋よしみさん:薬剤師です。目黒学園カルチャースクール「小説の書き方」、「フォト・エッセイ」の受講生です。
 

梅雨どきの楽しみ 縦書き PDF


 


梅雨どきの楽しみ 三ツ橋よしみ


   1.江戸っ子ゆずり

 6月になると、天気図で、沖縄あたりに、東西にのびた梅雨前線を目にするようになる。
 梅雨前線は、しばらく、高気圧と低気圧が押したり引いたり、力くらべをする。いつも勝負はきまっていて、梅雨前線はだんだん北へ移動する。東京の朝の空模様があやしくなり、傘をもって出かけることが、多くなる。ある日、気象庁は「関東地方の梅雨入り」を宣言する。

 そうなると、気になるのが八百屋さんだ。青梅や赤紫蘇、泥付きラッキョウが目立つ場所に並びはじめる。もうそろそろかな。いや、まだもうひといきかしら。一、二週間まってから、渋谷の八百屋さんに向かう。その店は、渋谷の料理屋さんが客筋らしい。一般の八百屋にはない、むらめ、ほじそ、菊などのつまや添え物の、取り扱いがある。先週は、まだだった。今週あたりそろそろいいんじゃないか?

 私は走るように店に行く。売り場に目を凝らす。ありました。私のお目当ての、実山椒です。
 青い小さな実は、その日のうちに、ひとつずつ小枝をとり、水洗いして、ゆでてから、流水にさらし、あくをとる。そのまま食べると、くちびるがびりびりして、しびれてしまう。 

 ちりめんじゃこをみりんとしょうゆで軽く煮たものに、さらした実山椒を加える。煮汁がなくなったら出来上がりだ。とても簡単なのに、季節を感じさせる、特上の味となる。江戸時代の人も食べたんだろうなと思うと、江戸っ子と握手したようなうれしさが、こみあげてくる。お酒のおつまみにはもちろんだけれど、ご飯にのせたり、パンにはさんだりと楽しい食卓となる。

     2.平安のむかしに


 雨上がりの草地に、もじずり草を見つけた。和名をねじ花という。ラン科の草花である。ピンク色の小花が花茎のまわりにらせん状に並んでいる。丈は10センチから30センチほどで、まっすぐのびた細い茎が風にゆらゆらゆれる。ほっそりした乙女の風情がある、いとおしい花である。

 若いころ「もじずり草は、百人一首に歌われているのよ」と、友人に教わった。しのぶ恋の歌である。
河原左大臣が詠んでいる。

『陸奥の しのぶもぢずり誰ゆえに 乱れそめにし 我ならなくに』
                                      
もじずり草は、何気ない草はらに咲く、とてもちいさな花だ。そんな花を平安の人々は愛で、恋の歌にまで登場させた。

 そして今、車が行きかう道路わきで、その花が咲いている。車が走り去り、風を受けたもじずり草が、大きく茎をゆらした。
 梅雨どきの道は捨てがたい。草はらに平安の乙女がかくれている。

     3.日本生まれ


    ガクアジサイは日本原産。ちいさな花が、雨にゆれる。

                    写真・文 三ツ橋よしみ

                    編集   滝アヤ

「寄稿・みんなの作品」トップへ戻る