A040-寄稿・みんなの作品

【寄稿・エッセイ】田舎へ行こう=三ツ橋よしみ

【作者紹介】

三ツ橋よしみさん:薬剤師。目黒学園カルチャースクール「小説の書き方」、「フォト・エッセィ」の受講生です。

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田舎へ行こう  三ツ橋よしみ

  


 一昨年、同居していた母がなくなった。一年かかって、実家の後片付けをすませた。 今年になって、やっと一息つくことができた。気付くと、娘は彼氏の元に去り、家は私たち老夫婦と犬のタローだけの暮らしとなった。
「田舎暮らしがしたい」と夫が言いだした。畑をたがやし、米を作り、自給自足をするのが、かねてからの夢なのだそうだ。
「東京の狭い家では犬がかわいそうだ。ストレスがたまって、病気になってしまう」と犬をなでる。

 東京生まれ、東京育ちのわたしは、渋谷、恵比寿が遊び場だった。夜の街に繰り出すわけではなかったが、夜、真っ暗になるような場所には住みたくないし、不安だ。土いじりも、観葉植物の手入れもするが、それ以上の興味はない。
 
 夫は、うれしそうにネットで物件をさがしはじめた。郊外の不動産業者に予約を入れ、家を見に行く手配をした。家族の一員だから、家を見に、愛犬タローも一緒にいくことになった。

 東京から車で一時間あまり、千葉県佐倉市の住宅街に案内された。中古住宅だが、しっかりした作りの家だった。東京にはない広くて気持ちのいい庭があった。リードをはなすとタローの目が輝いた。走り回る犬に、夫はにこにこ顔だ。
「ここに決めよう」という。
 不動産屋に居合わせた地元の人が、畑がやりたいなら、一反(300坪)ぐらいどうですかとすすめる。坪一万円だという。いえいえ、ほんのお遊びですからと、夫は顔を赤くした。

 娘を佐倉に案内した。
「遠いいね」
「刺激が少なすぎて、お母さん、ボケちゃうんじゃない?」と心配する。
 世田谷に住む姉は「そんなに遠くに行ちゃうと、めったに会えなくなっちゃうじゃない」と電話口で涙ぐんだ。
 夫の友だちは「三日であきるんじゃないの?」と言った。
 知り合いのおばさんは「キュウリがたくさん取れたら送ってね。おいしいキュウリ漬をつくるから」とはげましてくれる。
 週二回、勤めている会社の同僚は、
「佐倉から所沢に通う気なんですか。えっ、それって小旅行じゃないですか」
 とあきれられた。
 

 佐倉市役所に転入届を出した。犬のタローには佐倉市の犬鑑札と愛犬手帳が交付された。

 新居の近くに愛犬病院を見つけた。狂犬病の予防注射に出かける。注射を待つ間、タローはおびえて、キャンキャン、キャンキャンと、踏切のかねのようになき騒ぎ、若い看護婦さんに「大げさね」と笑われた。


                     写真: 佐倉ふるさと広場 チューリップまつりにて

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