A040-寄稿・みんなの作品

【転載・詩集・花鎮め歌より】原爆のことをはじめて聞いた日 =結城 文

作者紹介=結城 文(ゆうき あや)
       日本ペンクラブ(電子文藝館委員)、日本比較文学会、
       埼玉詩人会、日本詩人クラブの各会員
       日本歌人クラブ発行「タンカジャーナル」編集長


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関連情報

結城文詩集『花鎮め歌』

発行所:(株)コールサック社
     〒173-0004
     東京都板橋区板橋2-63-4-509
     ☎03-5944-3258  FAX03-5944-3238 


原爆のことをはじめて聞いた日 結城 文

わたしは それを
父の遺骨が帰った日
母から聞いた
母と叔母とは四国の善通寺までゆく
父の赴任するはずだった善通寺には
師団があって
骨はそこへもどってくる
幼いものは 祖父母と
父の帰りを
ひたすら待った

二人とも
疲れきって帰ってきた
  「まともに 乗り降りできゃしない
  人間が 汽車の屋根にまで乗っている
  窓からいきなり 荷物を投げ込み入ってくる
   屈強な者ほど 悪い
  英霊だなんて 誰も考えてくれない」
  「新兵器の爆弾が落ちたそうだ
    一瞬に 体の皮が
   ぺろんと 剥けてしまうんだって」


疎開先の 離れの床の間に
白布で包まれた 四角い木箱が置かれる
この中にあるのが
ほんとうに
父の骨かどうかは 分からない
けれど 同じ飛行機で 最後の瞬間を共にした
十人の人たちの骨のどれか――
何万 何十万の
骨さえ帰らない戦死者にくらべれば
遺骨と思われるものが帰ってきただけでも
ありがたいこと


あの時 母に同行した叔母は もう亡き人
母は この世にまだいるけれど
脳裏にとどめたものは 滅んでしまった
あの時 母たちが聞いた
新兵器の爆弾は
たぶん 広島の原爆

人間の皮膚がぺろんと剥ける
新兵器の爆弾は
長崎にも落ちて
戦争が終わった


遺骨を引き取りにいったのは
終戦の日の前なのか 後なのか
もう 確かめられないが
わたしが原爆のことを はじめて聞いたのは
父の遺骨が帰った
その日のことであった 


                【写真はイメージです 撮影:穂高健一、2011年11月7日】   

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